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「色男」というジャンル



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2018年5月21日 (月)

ミシマ社推し

土地柄のせいか、自由が丘のブックオフにはミシマ社の本がよく出ている。(ちなみに自由が丘にミシマ社のオフィスがある。念のため)。ミシマ社の本にはなんか意外なおもしろさがあって、そこそこ楽しめる。

この間買って読んだのは『現代の超克』2014.8 。副題に「本当の「読む」を取り戻す」とある。著者は中島岳志と若松英輔のふたり。対談というか、対談をもう少しちゃんとした書き言葉の往復に構成し直した、いってみれば「対説」とでもいうような形で、5種類の著書または人について語るという内容。その五つとは、柳宗悦『南無阿弥陀仏』『美の法門』、ガンディー『獄中からの手紙』、小林秀雄『モオツァルト・無常という事』、福田恆存『人間・この劇的なるもの』、そして『近代の超克』である。

このブログを長いこと見ている人には周知の事実だが、私の問題関心は昭和10年代思想にある。そして世間ではその時代の思想のありかとか雰囲気をもっともよくあらわすものとして、『近代の超克』座談会があげられることが多い。かの廣松渉氏もまた1980年に、「昭和思想史への一視角」として『〈近代の超克〉論』を上梓している。この座談会またはそれをもとにした本『近代の超克』富山房百科文庫23 1979、 についてどのようなことが新たに語られるのか。大いに興味のあるところである。超克論の取り上げ方そのものに、論者の立場みたいなものがよく現れてくるのだと思っている。

若松英輔氏については、かねてより井筒俊彦論を通じてその論じるところを知る人だが、一方の論者である中島岳志氏についてはあまりよく知らなかった。そんなところで今回、新鮮な視角を求めて購入してみたのだが、結果としては、ミシマ社ならではの独自な目の付け所が生きた面白い読書体験となった。

対論の内容をまとめるのはこのブログの本旨ではない。例えばがんじーについて言えば、そもそも私自身、ガンジーの面白みをつくずく感じたのは3.11 を受けて、小出裕章氏の書いたものをみていた時にガンジーの言葉が引用されていて、大いに触発されたことが始まりだ。そういうつながりがまずある。そういう核になる言葉の経験なしに、ただガンジーの書いたものを読んでも、奇人の発言にしか見えないのではないか。

小林秀雄を扱うところでも、聞き飽きた品のいい小林ヨイショはない。ひとつの死者論として、そしてその延長で、石牟礼道子について語られる。さらにその先には荒畑寒村、田中正造がでてくる。死者の実在については、石原吉郎と上原専禄の名がでてくる。

そうか、中島氏はチャンドラ・ ボースを論じた人なんだ! ボースもまた志半ばで亡くなったすごい国民主義的な革命家1897-1945だ。今書いたような人たちの名前というのは脈絡としてとても面白い。ちなみに「近代の超克」では、吉満義彦、諸井三郎の意見なんかに注目する。

本の中にも出てくる安藤礼二のつながりでは本当はどこかで折口信夫がでてきてもよさそうだが、この本では出てこない。

いずれにせよ、こうした人たちのつながりには若松英輔氏がかねてから問題としている叡知やポエジーということがある。知識とは何か、生とは、死とは、という「根源的な」問いかけが関わるところで考え、書き、行動している人たちがいる。

それからこの本は「奥付」が特徴的だ。印刷や組版の会社名が大きく出ている。そして使っている紙の名前、「モンテシオン」とか表紙の紙「日清紡ヴァンヌーボ」などということも記載されている。

重たくなりがちな内容を扱う本ではあるが、ある種の意外性もあり、誰でも読める本になっていると思う。


もう一冊。

ミシマ社社長が書いた『失われた感覚を求めて』2014.9。 副題に「地方で出版社をするということ」とある。てっきりミシマ社の本だと思って買ったんだけど、なんと!朝日新聞出版から出てる。もともと私自身がミシマ社に注目したのは、会社が自由が丘にある事のほかに、平川という人が書いた本がもとだったので、なんとなく平川氏がミシマ社をやってるように勝手に「勘違い」していた。
ミシマ社の代表は三島邦弘という1975年生まれの人だったのね。

ミシマさんは3.11を機に、いっとき自由が丘も残したまま、会社を京都の南、城陽市に移したのね。そのあといろいろあって京都の市街にオフィスを移すまでの顛末とか、その過程で考えたことなんかが書いてある。今紹介した『現代の超克』の奥付なんかの件も、この本からいろいろ推測できることがある。

ミシマさんは編集者として、過去の慣例にとらわれない、そしてアイデアに溢れたとても興味ふかいひとであることがこの本からよくわかる。

それに偶然なんだけど、この本の帯には是枝裕和監督が推薦文を書いている。「出版と映像。ジャンルは違え、言葉には表せないシンパシーを強く感じていました。その理由がこの本を読んで腑に落ちました」とある。(是枝作品、カンヌ、パルム・ドール受賞の知らせあり!)
才能ある人は、別のジャンルであっても才能ある人を理解できるってことなのかな。


2018年5月14日 (月)

最高の暇つぶし

さて、今度でる詩集は、およそ30年くらい前に極少数出していた「HATOのヒマ粒詩通信」に書いていた詩などをまとめたものだ。
そこで今日はまず「暇つぶし」ということについて触れたい。

現代人は誰もがきわめて多忙である。多忙であるがゆえ、空き時間になると急に手持ち無沙汰感に襲われて、何かせずにはいられなくなるようだ。その証拠に、電車に乗って周囲を見るとことごとく全ての人が携帯やスマホをいじっている。と言っても大事な業務上の連絡というよりは、ゲームをしたり、動画や他人のツイートをながめたり、と言った風で、要するに急場の暇つぶしに携帯、スマホはうってつけなのだ。
(ここで話は急に大きくなるが)、人類にとって暇つぶしほど大切なものはないのではないか、とも思われる。

そもそもバートランド・ラッセル卿や、カール・マルクスの娘婿などの指摘によると、本来人間の必要な労働量は1日およそ4時間か4時間半くらいでいいらしい。そうだとすると残りの20時間近くをどのようにすごすのか、ということこそが人類の大問題だ、ということになる。いくら時間があると言っても毎日寝てばかりいる訳にもいかない。かと言って消費社会のメディアが推奨するような消費行動を取り続けることができるかというと、大部分の人にとってそれは不可能であろう。
そんなことからも「暇つぶし」が人類にとって重要な課題であることを少しは考えてもらいたい。

今日は外が急に暑くなって、青空が広がる素晴らしい天気となった。
こういう日に最高のひまつぶしとして、「日向ぼっこ」を推薦したい。

日向ぼっこ、と言ってもただ日に当たればいい、というものではない。去年の夏、天気のいい日に玄関の前の日当たりのいい場所で麦わらをかぶって本を読んでいたら、そのあと急に気持ち悪くなって倒れそうになった。脱水症状であろう。


日向ぼっこをするためには、風がよく通って爽やかな条件がなければいけない。うちの玄関の前は風も通らずただひたすら暑いだけの場所だった。

さっきまで僕がいたのは多摩川の河川敷である。使われていない野球グランドの端っこの椅子で通り抜ける風に吹かれて寝っ転がっていると、時間が経つのを忘れる。決して眠っているわけではない。眠ってはいないのだが、意識は日常を離れて天のどこかをさまよっている。
費用は一銭もかからない。気がつくと時間だけが経過している。

日向ぼっこの喜びを知っている人がどれくらいいるのか、僕は知らない。
前にベルリンに行った時、季節は8月の終わりころ、結構日向ぼっこ愛好家が多いのに驚いた。8月の日中は結構暑い。しかし公園の芝生なんかにいるとなんとも空気が気持ちいい。日向ぼっこの条件は整っている。ヨーロッパの北のほうの人は年間を通じての日照量が少なめなので、太陽を浴びられる時期には出来るだけ浴びておきたい、ということがあると聞いている。
ところでベルリンの人たちの日向ぼっこであるが、この辺で見かけるのとは少し違うところがある。というのは寝っ転がっている人の多くは全裸である、という点だ。
ドイツ語の先生に聞いたところではこれはKörper Kultur というものであって、普通の習慣なのである。こう書くと、皆さんはいろいろ想像を逞しくするかもしれない。しかし実際のところ、いやらしい雰囲気は全くない。どちらかというと、牧場で動物が寝っ転がっているような感じである。動物の毛皮が日に当たって輝くみたいに、おっさんやお姉さんのうぶ毛が風の中で光っている、静かで平和な光景だ。

日本の夏は暑すぎるし、風がないときは蚊が多いなど、気持ちよく日向ぼっこできる時期や場所を選ぶのがなかなか大変だ。それに日向ぼっこの場所を探して遠くに移動する、というのは「暇つぶし」の趣旨に反する。
それだけに、今日の河川敷みたいに気持ちよく寝っ転がっていられる機会は大切にしなければならない。

話は変わるが、暇つぶしを兼ねて文芸を生み出すことは、王朝時代の日本の貴族階級の得意とするところであった。徳川時代にも芭蕉や蕪村は暇を通じて積極的にポエジーをひねり出してきた。できることなら平成の都市生活者もゲームなどの消費型の暇つぶしばかりでなく、車中のふとした空き時間にポエジーをひねりだしてみてはいかがか。かくいう自分も、やはり寝っ転がってばかりではならん、と今日のブログに取り掛かった次第。

もっとも、本当は前回の続きで、フロベールの音韻論とか、語るべきとろなのだが、暇つぶし関連で日向ぼっこについてあれこれしてるうちに長くなってしまったので、今日はこれまで。
今日のブログタイトル、最高の暇つぶしとは、日向ぼっこのことか、それともポエジーのことか、まあ、どっちでもいいではないか。今日はちょっと暑すぎて、結局脳細胞がいくらか損傷したのかもしれないし。

2018年5月10日 (木)

Michael Fried の Flaubert 論

マイケル・フリードの18世紀絵画論については、別の場所で論じるということを、先般述べた。今日ここでは別の話題で少し書こう。
フリードさんはフランスで主に勉強して来たので、そのついでというかその勢いを借りて、文学の分野でもエッセイを書いている。
FLAUBERT’S “GUEULOIR” 2012 , Yale,

である。gueuloir というのはあまり聞かない言葉だ。gueuler とは、英語で言えば yell ということで、大きな声でがなりたてるみたいなことかと思う。フロベールは、普段から自分の書いた文章を大声で読み返しては、音のつながり、母音や子音の適切なつながりとか、過剰な繰り返しとかをチェックしていたのだという。それは単純な作業というよりも、むしろ彼が考える理想の文体styleを実現するための手段だったという。

そのことと近年のフロベール学会における構造論的なボバリー論とを絡めて、フリードはフロベールが実現しようとした理想文体の周到な奥深さを明らかにしようとする。
まさに評論家フリードの余技みたいなものだが、そこにはちゃんと彼の考える絵画論との通底が意図されているのだ。もっと書きたいのだが、今川崎駅の新しく出来た駅の上のスペースで書いているのだが、目の前がFM局の公開収録ブースになっていて何かやっているのが気になって仕方がない。写真をアップするので察してもらいたい。今日はここまで。







2018年5月 8日 (火)

Ut pictura poesis erit

絵画を見るとか、詩を読むとかということは、映画を見たり、テレビを見たり、旅行に行ったり、スポーツをしたりという、そういう趣味というか娯楽というか暇つぶしというか、そういうものの一つであってそれ以上でもそれ以下でもない。展覧会に絵を見に行く人に、「なぜ絵を見るのですか」と尋ねても、「絵を見るのが好きだから」とか、「誰々の絵が見たいから」、と言った答えをもらうだけだろう。多くの人はそれぞれ自分の興味のあることをしているだけなのだ。そう言われればその通りだとしか言いようがない。

そうしたふつうの対応をこえて、例えば「テニスとはなんであるか?」とか「絵画とはなんであるか?」などと言った問いかけをする人はあまりいない。あまりいないどころか、そのような問いかけを意識すらしていない人が大部分なのだと思う。

僕の場合は違うのだ。

何か行為をしていても、していなくても、その自分がしているあるいはしようとしていることが 「何であるか」が気になって仕方がない。
これは意識の病気の一部であるのかもしれない。何かをするより前にあるいは同時にあるいは事後的に、そのことが何であるかが気になって仕方がないのだ。

この事物や行為の「何であるか」性、アリストテレスの〈ト・チ・エン・エイナイ〉quod quid erat esse への「気がかり」が僕という人間のほとんど全てをなしている。

展覧会に行って絵を見るというようなこと、例えば先だっては新美術館でやっていた『ビュールレ・コレクション』というのを見て、そしてゴッホやマネなどの滅多には見ることができない代表作が来ているのに大いにびっくりしたのだが、そのことをブログなどで「ビュールレコレクション展行ってきました!」などとストレートに言うことはまずできないのだ。(今言ってるけど)。

それよりも、「このすごいコレクションが何故今の時点で東京に来ているのか」、そして「こんなにすごい作品をいっぺんにみられるのに、メディアがあまり騒がないのはなぜなのだ」と言った疑問が先にでてきてしまい、それに答えるためにおおくのエネルギーを使ってしまう。

そして最終的には問いかけは「絵画を見るとはどういうことなのか」、そしてもしそれが自明なことだとすれば、「その自明性は何に由来するのか」という問いかけにつながり、そのことはただちに「絵画という制度」の本質への問いかけへと展開して行くことになる。

僕が今日言おうと思っているのは、そしてこのブログを読んでくれた人を途方も無い勢いで睡魔の襲う世界へと誘ってしまうというのも、結局は僕のこの意識の病気に由来するのだと思う。

次から次へと生じるこのような問いかけの中でも、僕の活動の中央部にある関心事は主に「絵画」と「詩」なのである。

「絵は詩のように、詩は絵のように」ut pictura poesis erit という言葉があるように、この二つのジャンルには何か制作poiesis を巡る究極の「何であるか」性、つまりト・チ・エン・エイナイ が、つまりessentia が隠されているように思う。ある特別な領域・・・ハイデガーが「天・地・神・人」の交流領域とみたいな形で表現したア・レーテイア の開ける場所みたいな、そんな感じを持っている。

しかしそれは覆い隠された領域を開くものであるとともに、すでにしてれっきとした制度でもあることに注意が必要だ。ヨーロッパというものの根幹をなしている「存在」の領域のいちぶなのである。
今日は実は日本近代の口語自由詩の領域について、いやもっとはっきりといえば萩原朔太郎について何か言おうと思って始めたのだが、ぜんぜん違う方向に行ってしまった。困ったことだ。
まもなく自分の新詩集の校正刷りがあがってくる。あわせて詩の「何であるか」を論じようと思ったのだし、萩原朔太郎はそのことについてあれこれ述べているので、とても役に立つと思って始めたのだが、そこに行く前にだいぶ文章がすすんでしまった。今日はこのくらいにしておこう。

2018年4月17日 (火)

ディドロ『絵画論』など

フランス啓蒙の哲学者ドゥニ・ディドロは1759年から『文藝通信』という少部数のペーパーの絵画批評(サロン批評)をグリム氏から受け継いだ。この仕事は1781年まで続く。この時代は演劇や絵画が市民的な生活にとけこんでいく時期で、ディドロは、時代の旺盛な創作意欲を背景に、その具体的な作品をとりあげながらさまざまな批評上のアイデアを獲得して行った。こうして続いた仕事の上に『絵画論』がまとめられた。
岩波文庫『絵画について』佐々木健一訳2005は、その『絵画論』と関連テキストから成り立っている。
『絵画論』の主たる部分は「1765年のサロン」の発表直後から67年にかけて書かれたようだ。今書いたように、ディドロはすでに演劇評をしていて、ついで絵画ジャンルの議論をし、あわせて建築にも話を進めようとしていたらしい。
佐々木氏はもとは美学、演劇などに明るい方らしく、また膨大な『ディドロ絵画論研究』を上梓している。佐々木氏の『フランスを中心とする18世紀美学史の研究』岩波書店1999も参照したいところだが、いまはそこまでの余裕はない。
さて、岩波文庫版『絵画について』に話を戻そう。すると、これをただ一読しただけでは、散漫な批評のアイデアのあれこれを感得するだけに終わってしまいそうだ。この時代に絵画というジャンルが置かれていた実際の状況と「絵画史」の記述線に沿って何が可能になるのかもう少し議論の線をしぼらなければならないだろう。さしあたっては巻末の佐々木氏による解説をたよりに事実関係で外堀を埋めておきたい。その上でたとえば、マイケル・フリードの議論を置いて行ったらおもしろそうだ。ただし前にも書いたようにその作業は別のメディアを使ってやりたい。ここではまずは佐々木氏の解説をもとに、僭越ではありますが多少修正させていただいた上、wikiの記述などを参考にして時代の状況を押さえておこう。

18世紀のフランス絵画シーンは、基本的にはアカデミーの影響下にあった。ここでいうアカデミーとは、ブルボン朝絶対王政のもとで整備された諸機関のひとつであり、アカデミーフランセーズ1635に続き、王立絵画彫刻アカデミーとして1648年に発足したものである。(その後17世紀後半には科学、音楽、建築などのアカデミーが発足する)。アカデミーは単なる国王の栄光を讃えるだけのものではない。アカデミーフランセーズに見られるように精神の「規範」を確立することが目的である。それは同時に中世的な職人的領域からの技芸の独立をも意味していた。絵画彫刻アカデミーの展覧会は初めはパレロワヤルで開かれ、ついでルーブル宮に移る。1737年からはルーブル宮のサロン・カレで開催され、「サロン」展と呼ばれる。そしてその頃から市民階級の興隆、雑誌メディアの普及などもあって、サロン展を訪れる人の数は急増した。18世紀の半ばすぎというのは、フランスにおける絵画の位置づけが急転回する時期でもあったのである。こうした状況を背景としてディドロを通じた絵画批評の領域が自立し始める。ディドロの絵画批評はこの時期の「絵画の変化」を表してもいるのである。
なぜ、「絵画の変化」をかっこでくくったかというと、それは単に絵画のモードがロココから反ロココ、新古典主義へと移行するといった事後的に見たときの枠組みの変遷としてこの時代をとらえるのではなく、(フリード流に)絵画とその鑑賞者の関係に大きな変化が起きつつあったことの表れとしてとらえることも重要かなと思ったからでもある。

2018年4月10日 (火)

マイケル・フリード『没入と芝居くささ』

このところブログの更新をしてないが、特に理由はない。天気がいいので週末にプチ旅行したり外出したりが多いのも関係があるかも。

先般から取り上げようと思っているマイケル・フリードの『没入と芝居くささ』Absorption and Theatricality
が、はじめの2章を読み終えたところで、これをまとめようと思っている。ただしこのブログのような「書き散らし」方式ではないやり方で、できないかな、と思案中。
そんな風なことを考えたのは、そもそも手元にあるChicago UP 版 1988 の図版があまりにも印刷が悪くてフリードの本を楽しむ上で非常にまずい状態になっていることも関係している。フリードは絵画愛好家として、常に絵の細部にまでこだわりながら議論をすすめていくのだが、シカゴ大学版は印刷が悪くて絵がぜんぜん見えない。だから、自分が楽しむためにも、また内容をまとめて紹介するためにも、一度別の場所からここで論じられているグルーズJean-Baptist GreuzeやヴィアンJoseph-Marie Vien の絵画を持ってきて、そのタブローの絵画平面にそって 話を進めたいということも、今述べた「別のやりかた」ということに関係している。
現代写真論から始まり、この18世紀絵画と絵画批評をめぐる議論、そしてパラパラと参照したObjecthoodをめぐる60年代ミニマリズム論などを通じてフリードの問題意識はかなりはっきりとわかってきたつもりだ。だからもうすこし読み進めて、その上でできるものなら論文ではなくて、誰もが楽しめる何かの形にしたいと思っている。

えらそうに書いたのは、このところ一年かけてようやく部屋のかたずけが進んできたことがかんけいしている。

そういえば、先ごろ✖️✖️OFFで、不用品の買取をしてもらった。初体験である。なんか捨てるに捨てられなかったものを買い取ってもらうって楽しいね。今流行りの✖️✖️カリを使えばもっと高く売れるのかもしれないけど、まだそこまではいかない。とりあえず✖️✖️OFFを楽しんでるところ。

あ、話が外れた! もとに戻す。

以上のような次第で、部屋を整理していて30年くらい前に書いたものが出てきたので、それをまとめて本(詩集)にする作業が今進行中(このことはすでにふれたかも)。それが結構いい感じで転がりはじめたというか、今はゲラが上がるのを待ってる状態まで進んだ。こうなるとなんか、たまっていたものが一部排泄されたような妙なすっきり感に満たされている。そこで、次の一手として別の書物を構想しはじめたというわけだ。

ひとつの例を挙げて見る。
萩原朔太郎が『詩の原理』1928という詩人にしてはずいぶんかしこまった大論文をまとめている。これは本人によれば「始めから体系をもって組織的に論述したもの」であり、「始め(原稿用紙)800枚ほどに書いた」ものを「三度書き換えて後に500枚に縮小した」ものという。(さらに言うと実際には成稿なったものの前提として別の論稿があり、それは2000枚ほどだったが、いったん捨ててしまったとも書かれている。)
この論文の序文に、
「本書を書きだしてから自分は寝食を忘れて兼行し、三ヶ月にして脱稿した」とある(仮名遣い文字遣いは改め)。

このひとつの例だけで話をすると、まあ自分がこれから何か形にするつもりなら、特に所詮は他人(フリードさん)のアイデアをもとにして何かを書こうとするわけなので、三ヶ月くらいで形にならなければならないだろう、ということは言えそうだ。もっとも、自分は寝食も忘れないし旅行もしたいしなわけだから、それをあいだに挟んで、若干のプラスを許してもらいたいところではある。

いずれにせよかく述べたごとき気持ちで日々頑張っている。
まあ、あまり期待されても困るが、それなりに「仕事してるゾ‼︎ 」みたいなことを言いたい。

じゃ、また。

2018年3月26日 (月)

「ハイカイというコトバを使うな」

シンブンは面白いことを書くね。
ある高齢者の言葉。
「散歩中、自分がどこにいるかわからなくなった経験があるが、これは徘徊ではない。なぜなら、徘徊とは目的もなく歩き回ることである。しかるに、私には散歩という目的があった。道がわからず怖かったが、家に帰らなければ、と意識していた」(A新聞の配信より)

こんなことを考えた。

このブログは「さ・ま・よ・う HATO」とある。だが僕(HATO)はさまよっていない。
何故なら「さまよう」という目的をもってあっちに行ったりこっちに行ったりしているからだ。つまり僕(HATO)は、さまよっていない。
しかしその一方で僕(HATO)はさまよっている。なぜならあっちにいったりこっちに行ったりさまよっているからだ。
従って僕(HATO)は、さまよっているけどさまよっていない、ということになる。

如何?

2018年3月24日 (土)

アートを体験するとは?ハイデガーに寄せて

芸術は「設立」を通じて歴史にはいる、とハイデガーは言う。いうまでもなく、アーレントがアメリカ合衆国の設立(創造)にみたものもそれだ。自由と共和国の建設は、全く新しいものを人類にもたらした限りにおいて、真の政治的行為なのである。
うーん、アーレントにヘーゲルの残響があるな。さて今日言いたいのはそのことではない。ハイデガーに関し前回の議論では強調したかったができなかった事を確認したい。それは作品を保存する側、つまりわかりやすく言えば鑑賞者の立場についてのハイデガーの言葉だ。
(以下、引用)

作品を創造することだけが詩的なのではありません。作品を保存することもまたむろん特殊なさまにではありますけれど詩的であります。
ひとつの作品が作品としてアクチュアルなのはただ僕らが僕らの慣習から離れて 作品によって開かれたものへはいりこみ僕らの本質そのものを、存在者の真理の中に立ち止まらせる時だけだからです。

ここで僕が目をつけたのは、僕がいま強調したところね。

作品を現実化するのには
「慣習を離れて」「立ち止まる」
ことが大事だ、と言っているのだ。

慣習を離れると言うのはどういうことだろうか。あえて説明はしない。むしろ、どうしたら「慣習を離れる」ことがかのうなのか、ということにおもいを致したい。そして「立ち止まる」こと、しばしは作品の声を聞くことだよね。
あれ、変だな「絵画」は「視覚芸術」なのに、作品の「声」をきく、ってのはどうしてなのかな?

「見る」は「聞く」なんだってこと。そのことと、ハイデガーが建築、絵画、詩の三つを並べて、とりわけ詩を大事に考える理由があるようにも思える。
あ、ここまで考えてくるとどうやら、芸術の本質=西洋形而上学の概念
という等置の向こう側に「声」の批判を置いたデリダの仕事が見えてくるのかもしれないね。

ま、あんまりあわてずに行こう。

ハイデガー『芸術作品のはじまり』1936

『森の道』1950に収められたこの文章、もとは1936年の講演をもとにした文章だ。創文社版では『杣径』と言うタイトルで一冊本として出ている。たしかそっちのタイトルは『芸術作品の起源』だったような・・。

起源という日本語の表現は、なんかこちら(現在)からすこしずつ遡って源に至るような、そんな感じがすることばだ。「はじまり」というと、なにかエネルギーに満ちて飛び出してくるような、若々しく、ういういしい何かを感じる言葉だ。

「起源」を問題にした段階で、すでに怪しい感じがする。というのはたとえば「日本人の起源」とかいうときに、現代日本の国民みたいなものがまずは前提としてあって、それがどのように形成されたかを問うことになるのだが、それはとても長いプロセスであって、かんたんに単一の「起源」をつきとめることは難しい。難しいのに、単一の「起源」があるかのように一足飛びに何かを措定してしまうと、かなり乱暴な議論になってしまう。

「はじまり」というと、なんか「はじまり」にはいろいろあるけど、まそのうち自分にわかるものだけお話しさせていただきます、的な感じがして、こっちのほうが慎重というか適切な感じがしなくもない。それに、「起源」を遠い昔に設定されてしまうと、それを今ここでもう一度始めることはとても難しくなってしまう。

芸術作品の起源を考えようとすると、それを「いまここにある」ものとして考えることが最初から止められてしまうように感じる。

さてハイデガーが「はじまり」と言う時に、何か遠い昔に起こった「芸術のはじまり」をとらえようとしているのだろうか、それとも、「今ここ」で始められるような、そういう「はじまり」を考えているのだろうか。
僕の感じでは、後者であるような気がする。もちろんハイデガーが「芸術作品」と言う時に、僕らが現在見たり体験したりできる、現実に存在する「芸術作品」を前提にしていることはまちがいない。まちがいないどころか、ヴァン・ゴッホの描いた「靴」の絵とか、ギリシャ神殿、マイヤーという人の詩などが引用され、あるいはヘルダーリンの詩や「アンティゴネー」の名前もでてくる。そういう具体的な作品をとりあげながら、そこで何がおきていうのかを述べている。つまりそういう具体的なものを通じて、何が「芸術作品」をその名のとおりのものにしているのかを論じている。だからハイデガーは、過去の一点になにか「始まり」の点を措定するようなそういうパースペクティブ的なことは全く考えていない。
翻訳者の菊池さんがあとがきで述べているように、「ハイデガーの思考は、〈物〉と〈道具〉と〈芸術作品〉とを、いわばたらいまわしにして・・〈円環を閉じる〉」ことをしている。おおくの人が〈自我〉からスタートして〈無限界〉へと進んでいくような思考をするのとはずいぶん違う。おんなじところをぐるぐる回りながら、少しずつ難しい問題の位置を確かめていく、そういう思考法なのだ。そして何かいっぺんに決定的なことを言わないというやりかた。
この本の最後のところで、ヘーゲルの『美学講義』のことば、いわゆる「芸術の終わり the End of the Art」を紹介して、それに対する答えも留保している。
参考までにヘーゲルのテーゼ
「むろん人は芸術がますます向上して自分を完成するだろうことは期待できます。しかし芸術の形式は、精神の最高の要求であることをやめてしまいました」
「芸術はその最高の規定という面からはひとつの過去のものである」

タイヘンダア!芸術はもう「終わっちゃった」んだって・・・。

今日では芸術に関する考察は「美学 Aesthetics 」などという。アイステシスとは感覚的知覚を指し、その対象をとりあげて、「美を体験する」、などということがある。ハイデガーは言っている。
「しかし、体験というのは芸術がその中で死ぬところのエレメントかもしれません」と。
ハイデガーは常に「アクチュアリティ」を離れることがない。
芸術がまずは「形」にむかうのだが、それを可能にするのは、作品であることを「活動させ、出来事」にすることだ、と言っている。それを通じて「真と言っているが実は偽っているものを暴露する」ものだ、と。芸術は「もろもろの存在者のドマンナカに開いた場所を設けることだ」、とも。そういう現実化、アクチュアルなものにすること全体が芸術に関わっている。だからそこには鑑賞者も同じように参入することになる。「作品が作品として現実なのは僕ら(鑑賞者)が僕らの慣習から離れて作品によって開かれたものにはいりこみ、僕らの本質そのものを存在者の真理のなかに立ち止まらせる」
そのことによってだ。

いやーなんて目配りの効いた議論なんだろう。
それにしてもすごいね。
「美とか善といったものは深く考えないまま名付けられた名前にすぎない」美しいものは快感と相関し、快感の対象のことだ。美しいものは形式の中にあり、形式化をうながすのはエルゴン(仕事・作品)であり、アクチュアルなものを通じたアクチュアリティなんだ、と。
ここでも僕らはこの議論の先にあるアーレント『人間の条件』の議論そのものを聞いている。アーレントはvita activa が実現する共同体を前提にしたゾーオン・ポリティコンを重視するとともに、その先に vita contemplativa をとても大切に考えたわけで、そうするとアーレントはやっぱりヘーゲルの「終焉論」の地平にいるのかな。
「芸術についての形而上的概念が芸術の本質に届く」ことは、もはや無い、のかもしれない。

2018年3月23日 (金)

ハイデガーの「考えるとはどういうことか」という本を図書館の地下で読んでいるところというか、眺めているところなのだが、こうしている間にも、東京株式市場では平均株価がきのうに比べて900円くらい下がったとかなんとかニュースが言っている。なんか気にかかる。気にしたからと言ってそれで株価が上下するわけではない。また僕の生活がすぐにどうにかなるわけでもない。僕が気にしようが気にしまいが株価は勝手に上下する。今日の市場の変動は、昨日アメリカの大統領が外国からの鉄鋼、アルミの輸入制限を、また知的財産権などに関してとくに中国をターゲットとして非難したことなどが関係していて、前日のダウ平均が700ドルくらい下がったのだ。アメリカドルの基準金利も、先日のFRBで少し上がった。はて、これはたとえば今物凄いインフレ率に見舞われているベネズエラのような国にどんな影響を与えるのだろうか。実はベネズエラは従来型の公定通貨の価値が激しく下がって行くので、それに代わってブロックチェーンを基礎にした新しい通貨がでまわり始めたらしい。もしそうしたことがこれからも続くとすると、アメリカのドルを強くしようとする政策が、長い目で見ると、ドルの価値を下げる方向に機能するようにも見えてくる。万が一中南米の国がドル離れできる条件がでてくれば、それはとてもおおきな変化ということになる。まあ、すぐにはそうはならないかもしれないが・・・
みたいなことが何となく頭の中を行ったり来たり。

これこそSorge だよな。

「考える」こととは関係のない暇つぶし、パスカルの言う「気晴らし」だ。もっともパスカルは「賭け」に意味を見出していたな。「神の存在」も賭けなのだ、と。そしてこれは「存在する」のほうが圧倒的に勝つ賭けだと。

ここまで書いて来て、やっと「気がかり」から解放されて来た。

先般から問題にしている。「詩」の本質論に近づいて行こう。

さあ、しばらくは思考の時間だ!

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