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早川トオル 過去の論説

2018年6月21日 (木)

株主総会に行ってみた

今日、日本の大企業のひとつ、三井物産という会社の株主総会に行ってみた。
今まで定時勤務していた時は、社会勉強のため株主総会なるものに出てみたいと思っても、あらかた平日に行われるので、様子を見にいくことができなかったのだ。

会場の品川プリンス、飛天の間、まあでかいこと。そこに入りきれない人には第二会場もある。自分と同じ暇そうな高齢者が圧倒的多数である。若い人はちらほら。



でっぷりとしてバイタリティに満ちた安永社長はいかにも物産マンだな。説明も明快。会場からの質問時間。これが結構時間がとってある。なかなか面白い質問が半分。どうでもいいのが3割。のこりの2割はもはやどうすることもできないもの。かなりの高齢者による合理的とはいいかねる「不満」の表明など。
壇上にずらっと並んだ役員の中には武藤氏の姿も。しかし会場からは武藤氏を「経産官僚」呼ばわりする無知かつ失礼な質問者も。こういうのに対してユーモアで切り返す文化があるといいのだが、日本ではそれは無理だな。
質問に対する答えは「形だけ」になりがちな場だと思うのだが、結構明快かつ開かれたもののような印象を受けた。結論から言うと印象は良かった。
「株主への配当を増やせ」みたいな型どおりの発言者もいれば、「配当は十分だ」と発言する株主もおり、まあまあバランスのとれた感じだった。

いずれにせよ、株主総会といえども、いろんな立場の人の集まりであり、もっと大きな「日本」という社会のいわば縮図であるということが確認できた。そんな意味では結構面白かった。

会場入り口の入場者の行列




そういえば、先週末は湯の丸高原地蔵峠を訪ねた。ここも冬や五月の連休中など何度もいったことのある場所だが、6月に訪れるのは初めて。ちょうどヤマツツジの群落が開花中で、いい眺めだった。






2018年6月15日 (金)

映画『ルイ14世の死』

さてもう二週間以上前になるが、イメージフォーラムで『ルイ14世の死』という映画を見た。その時すぐに感想を書こうと思ったのだがなんとなくそのままにしてしまった。色々そのほかの課題も溜まってきて頭が混乱し始めたので、今思い出したついでに感想をかきとどめて おきたい。
監督はスペインのアルベルト・セラ 1975− という人。カタルーニャ出身だ。すでに世界的に知られた監督らしい。主演で死の床についたルイ14世を演じるのはジャン=ピエール・レオ。1944年生まれ。なんと!あの『大人は判ってくれない』で、さんざんぶたれるあの子供だった人。今や大俳優だ。今回の映画ではほとんど顔だけの演技。


さて、なんの予備知識もなくチラシの2016年ジャン・ヴィゴ賞、2017年リュミエール賞、2016年カンヌ特別招待作品、という言葉を信用して、映画館にはいる。
ネタバレになるけども、あの太陽王ルイ14世が体調を崩して次第に衰弱していく様子をたんたんと写す作品。画面は暗く、豪奢な宮廷のようすが映るわけでもない。一回だけ窓から見た庭がぼんやりと映るシーンがあるけどそれだけ。宮廷人や政治家たちも登場するが、病床の王を案じてか、小声で要件だけを伝えていく。物語の本当の主人公はパリ大学の医者たちだ。もっとも、彼らと同じくらいに面白いのは、今で言えばエコロジーかニューサイエンス的なもったいぶった自然哲学をもった民間療法の医者だ。
「王の死」を描くというわりには、荘厳な要素もなにもなく、またその正反対に、下の始末の様子を描くでもなく、ひたすら静かで、何も起こらない。ぶっちゃけ「つまらない映画だな」とは思ったが、不思議と眠くはならなかった。しかし、最後の10分で、こうした感想は完全に覆された!
「これは面白い!」に変わってしまった。それまでの医者たちの会話の意味も目配せの意味も、一気に解けた。

ちなみに、映画の最後の会話、医者のコトバは、「次はもっとよく診断しよう」みたいな事だったとおもう。

さすがだ! さすがだとしか言いようがない。身の回りで見かける凡百の「時代物」のコスプレとはまったく違う。
そして、この暗い画面の連続する映画をラストのところまで緊張感を保って見るためには、これは映画館で見なければならないものだったことを確認した。

では、これに関する僕の感想を述べよう。

映画を見終わって真っ先に思いついたのは、「ヨーロッパだな」というもの。たしかにフランス・ポルトガル・スペイン合作だけど、そういう意味じゃない。
僕個人のおもいでというか主観的な像としての「ヨーロッパ」だ、という意味だ。

画像の引用がやりやすくなったので、ここに一つの画像を載せる。(一番下にのってます!)

これはブリューゲルの作品とされるもので「イカロスの墜落」というタイトルが付いている。ブリューゲルの作品としてはかなり意表で、畝を立てる牛や農民の遠近法が崩れていてへんな感じになってる。

この作品をブリュッセルの王立美術館で見たときはかなり衝撃を受けた。
ブリュッセルの美術館には、ブリューゲル親子の作品がかなりたくさん展示されている。中にはあの、ウィーン美術史美術館にあるのと同じ、バベルの塔を描いたものもある。それなのに、何故この「イカロス」作品、どっちかと言えば描法も不安定な作品に衝撃をうけたか。そしてあれ以来、ずーっと
僕の中でブリューゲルの「イカロス」は、ヨーロッパ的なもの、のいわば代名詞になっている。
その辺を簡単に語らせてもらい、それを通じて、詳しくは語らないが、この映画が、まさに「イカロス」のブリューゲル的主題と完全に被っていること。それゆえ、そこから「やっぱヨーロッパだな」、という僕の感想をすこしは理解するよすがにしてもらいたい。

「イカロスの墜落」の絵について進もう。みんな多少はしっていると思うけど、イカロスの親子は神話で、太陽に近づこうと飛行機を作るみたいに羽を作ってそらに飛んだそうな。そして高く昇って太陽に近づいたんだけど、羽が蝋で固めてあったので、太陽に近づくとそれが溶けて墜落してしまった、みたいなお話。人間の神をも恐れぬチャレンジの末路、みたいな話だ。

ところで、件のブリューゲルの絵を見てもらいたい。この絵のどこにイカロスがいるのか?

農民は犂を使って耕地に畝を刻み、その下では沢山の羊を監視している牧人が、天気でも気にかけているのか遠くの空を眺めている。入江には太陽が輝き、遠くの港湾のある街は建物がひしめき、恐らくは商業・交易を通じて街は発展し続けているのだろう様子が見える。そこに向かう帆船が入江を横切っていく。
海辺では釣り人が糸を垂れてさかなとりに余念がない。

ここにあるのは、あのマイケル・フリードがいう「没入」absorption のオン・パレードだ。

では、肝心のタイトルが示すイカロス親子は何処に?
これはみなさんに探してもらいたいのだが、ヒントは手前の帆船のそばの海と、画面左の牛の向かう先の茂みの中だ。

要するに、人々は自分の世俗の仕事に夢中なのであって、ロマンティックな飛翔の夢など、まったく「関心がない」。

この「無関心」のありか。これがブリューゲルの描こうとしたものなのだと思う。みなさんには、ここでいう「無関心」を、断じて道徳的なネガティブとして捉えてもらいたくない。ブリューゲルの言いたいのは、おそらくそのポジティブな意味づけなのだ。

フランドル地方の市民社会の発展とかなんとかそういう説明を付け加えてもいいが、そういう説明はまあ、ありきたりだ。

まずはこのsubjects たちの indifference に驚いてもらいたいのだ。

さっきも書いたように、初めてこの絵を見て、そしてこの絵が描き出そうとしているものを知った時、とても驚いた。それとともに、ここに「ヨーロッパ的」なものの核心にあたるものがあるのではないか、とずっと想い続けてきたのでもある。どのくらいずっとかというと、ブリューゲルのこの絵を見て、知ったのが1992年の夏なので、四半世紀以上ということになる。

今回、ジャン=ピエール・レオの面白い映画を見て、ずっと心に抱いていた問題意識を改めて思い起こした次第である。以上!
Bruegel_icarus


2018年6月13日 (水)

マーク・テイラーのThe Picture in Question

マーク・C・テイラーのタンジー論である、The Picture in Question 読み終えた。ぶっちゃけつまんなかったあ。マーク・テイラーは、ぼくにとっては、初めてタンジーの存在を教えてくれた物書きであり、PDFにしたMARK2 (二人のマーク、タンジーとテイラー)という論説を書くきっかけになる本を書いた人でもある。だからテイラーをけなすようなことを書くのは気がひける。しかし残念ながら、このタンジー論はつまらない代物だった。

内容を簡単に紹介しよう。

タンジーはモダニズム批評が影響力を残していたころに画業を志した。アートの世界はモダニズムの延長線上でミニマリズム、コンセプチュアリズムへと向かった。その一方で、こんどは超リアリズムが流行してきていた。
そうした中でタンジーは新しい絵画実践を通じてモダニズム批判を展開するという道を選んだ。
まずは構造主義のバイナリーシステムをそのまま絵画表現におとしこんだ。次にこんどはポスト構造主義から学んで、とくにデリダからインスパイアされながら作品を作っていった。もう一つ、これと並行してタンジーの絵画を規定したのが、マンデルブロのフラクタル幾何学と、ルネ・トムのカタストロフィ理論、カオス理論、複雑系の理論である。タンジーはレオナルド・ダ・ヴィンチが渦巻きや流体の研究を重視し、自然の複雑な形態を記述(表現)する上で、上にあげたような今日の数学と同じ発見に到達していたことに大いに動かされたのでもある。
タンジーは画題として,絵画の歴史や現代のメディアに登場する人物を描きこんでいくのだが、絵画のアイデアは常にこうした理論への探求から画面の構成へと至っているのだ。

本の内容をまとめて言えばそんなことかと思う。


もともとテイラーはヨーロッパ哲学の専門家であり、その辺の知識をのべながら、またタンジー自身との会話を通じて得た事柄から、タンジー絵画の発想の由来を説明している本なのだ。
そういう意味では、この本を面白く読める人もいるだろう。


ぼくの不満。テイラーが長々と説明してみせる構造主義やデリダにかんする説明は教科書的でそこには発見的なものはほとんどない。要するにぼくの嫌いな「説明」なのだ。
テイラーはタンジーを論じるように見せかけて、自分の知っている知識をひけらかしているに過ぎない。
多くの「学者」の書くものと同じで、なんの独創性もない。

ぼくは、絵画というものの面白さは、そのような別分野の「理論」に還元されるものとは全く別のものなのだと思っている。絵画論といういものがあるとするなら、それは、言論を通じて、他の方法では到達できない、表象の秘密へと誘うものでなけりゃならないと思う。


「絵画という制度」の面白さがある。それはとりわけ、ルネサンス以来のほぼ500年の歴史の中にもっとも面白いダイナミックな展開が凝縮されているということでもある。人類の表象の歴史はもっと長いのにもかかわらず、この500年に二次元表象のもっとも面白い賭けが連続的、相互参照的に展開するのである。

あえていうなら、20世紀の後半に至って、「絵画という制度」そのものが歴史の標柱の外側に押し出され、今や二次元表象はこの500年に溜め込まれたpainting とか drawingという方法ではない、例えばコンピュータによる色彩やコンポジシオンの構成という他のメディアによって取って代わられつつあるという状況がある。
そのことをきちんと議論することがものを考える人間にとっての急務でもあるはずだ。
だからジャンル論はあっていいだろう。たとえば平面絵画にポスト・モダン哲学を描きこむこと(タンジーのように)、それもありうる。だが、それは絵画という制度をめぐるジャンル論としては、まったくマージナルなものだ。

ましてや!
と僕は言いたい。

タンジーというめちゃくちゃ面白い画家が、どうしてどのようにして絵画という制度の重要な一部に関与しているのか、そこを明らかにするのでなければ絵画批評にすらならないではないか!

タンジーが何故「絵画という制度」に関与するのか、それを論じるのは次にしよう。僕の中では答えは出ているが、今日は十分長くなったのでここでやめる。

2018年6月12日 (火)

米朝合意!

さて、G7の写真について投稿していたらその間にアメリカ・北朝鮮の首脳会議「合意文書署名」のニュースが飛び込んできた。内容はこれから明らかになろうが、おめでたいことである。世界にとって、また東アジアの平和と安定にとっての大きな一歩となることを期待したい。
今から20年以上前、うちのケーブルテレビでBBCが見れた頃、夜中にテレビをつけたらクリントンさんが写っていて、イスラエルのラビン首相とパレスチナのアラファトさんが横にいるのをみてびっくりした。
パレスチナ和平の合意が突然実現したのだった。ベルリンの壁の崩壊から数年、こんどはパレスチナ和平、世界がどんどんいい方向に向けて走りだしていくのを体感したものだった。

しかしみなさんもご承知のように、ことは真っ直ぐには運ばなかった。その時のイスラエル首相はのちに暴力に倒れ、パレスチナ問題はより混沌としていった。

国家の首脳間の対人関係とかは、わかりやすい「政治の絵」になるが、現実は一筋縄ではいかない。
ミャンマー民主化の期待の星であるスー・チーさんが指導者になってもなお、ロヒンギャへの迫害が新たに起きるといったようなことは政治の舞台ではしばしばある。
外交官でもあったジロドウの『トロヤ戦争は起こらない』は、歴史のアイロニーを緊迫した臨場感の中で舞台化した。
ひとりの政治的指導者の後ろにいる千万単位の人間の群れと、それらの人々が抱くさまざまな欲求や願望を思い描くことはきわめて困難だ。

われわれの想像力には限界がある。華々しくかつ分かりやすい政治の舞台上の動きを超えて、その向こうにあるものを捕らえようとすれば、結局は自分自身の願望やファンタジーをきちんと見据えることしかないことに気づくのだと思う。

G7 歴史的一枚 トランプに迫るメルケル?

さてこれを書いている今、日本時間6月12日14時30分、シンガポールでは歴史的会談が進行中のことだろう。話は2日前になるのだが、G7がカナダで行われていて、トランプ氏が残りのメンバー国との間でいろいろ難題を持ち出していたというような報道があった。これに関してメルケル氏の了解のもとドイツ政府が投稿した写真が、ツイッター上で話題になっていた。その写真をここに貼りたいのだが・・・(ブログの最後に載せました)

この写真がまるでルーブルにでもありそうな歴史的名画のようだ、ということでいろいろ加工して美術館に展示してあるみたいにしてツイートしている人もいて、それがあまりに「絵になっている」ので大いに感心した。その画像・・・消されちゃったのかな。

ここからいろいろ考えさせられたことを書くね。ぼくは最初、トランプ氏とメルケルさんが口論してるみたいに見えたんだ。で、トランプさんがメルケルさんの議論に辟易して、腕を組んでいるみたいに見えたわけ。それと同時にその後ろで、おんなじように真剣な表情で腕を組んでいる安倍さんを見て、「なんだ、トランプさんのまねしているのかよ」と、思ったわけ。
ところがややあって、ツイッターの上での意見を見てみると、「これが名画のようだ」という点では大いに一致しているのだが、それぞれの登場人物が何を表しているのかについては、随分といろいろな意見があることがわかった。安倍さんの表情や態度ひとつ取っても、プラスの評価からマイナスまでいろんな色調がある。

考えてみるまでもなく、写真は、とくにこのような報道写真は多くの場合、一瞬を切り取ったものであって、偶然に左右されているわけだ。そうでない報道写真もあるだろうが、今回の場合は全くの偶然のいちまいである。そうすると、登場人物の表情や態度もある意味一瞬のぐうぜんのものであって、そこまで深い意味はないのかもしれないのだ。ところが多くの人はそこにそれぞれの意味を読み取ってあれこれいうようになる。

要するに写真は(そしておそらくは絵画も)、そのメディアの性質上、多く場合、基本的に「説明不足」なのであって、それがなんらかの確定した意味を伝えるためには追加的な説明や、解釈を必要とするのである。

そのような「説明不足」的性質が、論争を生み出すこともあれば、また空想を引き出していくことにもつながり、場合によってはそこにポエジーも生まれるというものなのだ。

今回のG7で、全く同じ場面を写した別の写真もあるのだが、それは全然面白くない。なにかみる人に訴えかけて、何かを喚起する力に欠けているのだ。一方、世界中で取り上げられ、今日の新聞でも取り上げられた例のドイツの政府が取り上げた写真は、なんとも言えない喚起力がある。そうであるが故に人々がいろいろに解釈し、論評することになったのだ。

一方における「説明不足」感。一方における「これこそ歴史的一枚だ!」という喚起力。

おそらくはアート的なるものの本質がそこにあるのだろう。G7merukeru


photo originally posted by:
Jesco Denzel / German Federal Government, via Associated Press


2018年6月 6日 (水)

Mark C.Taylor が Mark Tansey について論じている件

先般ここにアップロードした論説。その論説で問題にしている二人のマークMarkのうち大学の哲学の先生、マーク・テイラーが、画家のマーク・タンジーについて直接論じた本がある。






Mark C. Taylor
The Picture in Question,
Mark Tansey & the Ends of Representation ; 1999 University of Chicago Press である。
その前書きによると、テイラーが自身の著書 ALTARITY,1987 で表紙にタンジーの絵を使った時には、タンジーの絵について、その絵が自分と何か共通の問題意識で描かれている事は了解していたが、それ以上の探求はしようとは思わなかったそうだ。ところが、1990年の8月の午後、たまたまMITのメディアラボでサイバーワールドとかVRについて考えていて、エレベータに乗った時、近くのビルでタンジー展をやっているポスターを見つけたんだって。そこで終了間際のギャラリーに飛び込んでみたら、何点かの作品が展示されていたのと、あわせて、タンジー自身が自分の作品の制作方法や戦略を開示している展示に出会ったそうな。
テイラーは、タンジーがポストモダニズム哲学を通じてモダニズム絵画批判の絵画制作をしていることを了解したそうな。そしてテイラーは、タンジーが自分と同じ問題を、違った方面から探求していると確信したんだって。

その後二人のあいだにいろいろ交流があってテイラーはこの本、つまりタンジーの絵画を論じた本を書いた。

ただ、問題は、最終的にタンジーはテイラーの本に自分の作品を載せることを拒否したんだって。その理由もそこに書いてあるけど、あまり説得力があるとは思えない。

結局のところ、このテイラーの本はタンジーを論じたとても貴重な本なのだが、肝心のタンジーの作品がひとつも本に載ってないという意味では、随分中途半端なつまらない本になってしまった。

そんなこともあって、僕自身もこのテイラーの本は読まずにほっておいた。

ただ、先日このブログにタンジーとテイラーについて考えた昔の論説を乗せたので、改めてテイラーの本も読んでみようという気になって読み始めたところ。半分くらい読んだところで、めちゃくちゃ面白いとは言えない本なのだが、そうは言っても、ほかにタンジー絵画を論じてくれている人があまりいないので、僕にとっては貴重な論考だ。
例外はダントーで、ダントーはタンジーの画集を編み、かつ説明を加えている。それについては今後きちんと紹介したいと思っている。






いずれにせよ、現在進行形でマイケル・フリードのいろんな議論を楽しみつつ、「絵画」という制度の全体を思考している私、HATOにとって、またまた学ばなければいけないことが増えて、大変なことになってきた、というところである。

タンジーの絵について、前回のブログで引用した画像は、pinterest というサイトから引用したもので、思いがけず画像を引用できたので、このブログでも話を進めやすくなったことは間違いない。PDFで示した論考を書いたのが20年くらい前のことでそれから20年経った今、2018年の現在になっても、日本語の環境ではタンジーについてその作品を知ってる人や論じている人はあまりいないと思えるので、画像の引用ができるようになったのはとてもうれしい。
今日は、本当は「絵画」の経験とはどのようなことかを論じるつもりで始めたのだが、現状のご報告だけでおわってしまい、本質的な議論はないままで終わることをお許しいただきたい。

さて別の話題で恐縮だが、先般よりこの欄でお知らせしている新詩集、なかなか出来上がらない。現在再校を終え、あとはデザインの打ち合わせが終われば印刷・製本となるところには来た。今月末には形になるのではないかとおもっている。乞うご期待である。

2018年6月 5日 (火)

早川トオルの論説

「早川トオルの論説」という項目を追加して、バックナンバーの下に表示しました。
とりあえず、『二人のマーク、タンジーとテイラー』という論説をPDFにしました!



Marktanseyred01


Marktanseyred05


とりあえず一篇だけPDFにしましたが、今後過去に書いた論説、翻訳など順次ファイル化しますので、よろしければ御覧ください。

2018年5月30日 (水)

マイケル・フリードのフロベール論(続き)

マイケル・フリードのフロベール論。FLAUBERT’S “GUELOIR” On Madame Bovary and Salammbô 、前回は『ボヴァリー夫人』論に関するところを少し解説した。フロベールの洗練された文体実践の背後にある繰り返しの習慣による制作実践の哲学、それをフリードは指摘した。その上で、同時代のクールベの「リアリズム」を取り上げ、同様の哲学が作用しているのではないか、と論を進めたことを説明した。
今回はフリードの議論の後半部分、フロベールの『サラムボー』についての議論を見ていこう。『サラムボー』はポエニ戦争時代のカルタゴを舞台にしたある種の歴史小説である。こう言ったら失礼かもしれないが、フロベールはずいぶん思い切ったテーマの変更したものだ。あまり歴史的な資料や知識があるとは言えないカルタゴの傭兵内乱に取材し、驚くほどの細密画的描写、とりわけ戦闘部分のバイオレンス描写など、19世紀のフランス読者が見たことも聞いたこともないような舞台の話を展開したのだ。
ここで、フリードが注目するのが意志will の問題である。まあ「意志」というとちょっと弱いというなら、「意欲」とか表現してもいいかもしれない。
結論的なところだけまとめると、フランス絵画の展開において、1860年代は「意欲」の位置付けに大きな転回があった、というのだ。
1860年代世代の画家として、フリードが取り上げるのは、エドゥアール・マネ、アルフォンス・ルグロス、アンリ・ファンタン・ラトゥール、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーである。それまでの世代においは「意欲」と言ったものがネガティブに捉えられていたのに対して、(鑑賞者との関係において画家によって、単なる自然的な構成をこえた)意欲された表現が意味を持つようになっていったのだと言う。たとえばルグロスの『奉納額』1860において、祈る人々の位置と奉納額のポストの向きの微妙なズレが何を意味するのかを考えてみよ!
Legros




作家が画面構成に対して行使する「力」や「意志」が前面に押し出されてくるところから、あのマネの「草上の食事」や「オランピア」が出てくる。
『サラムボー』の作品世界は、まちがいなくフロベールの徹底的な構成意志の結実であり、フロベールはそのような完全なる意欲の実現のために、あえて、作家も読者もあらかじめほとんど知識のない古代の歴史に取材する物語を選んだのである、と言うわけだ。

というわけで、フリードさんはあくまで美術史家の人であり、その観点から、あえて文学の世界に踏み込んだと言うのは、そこに絵画とパラレルに展開する表象をめぐる共通の「賭け」があることを指摘しているのだ。

まあ、この場合もフリードさんの『マネのモダニズム』をきちんと読むことが礼儀というものだろう。フリードさんのフロベール論は、あくまでそこから派生したものに過ぎないのだから。それにしても、なぜ僕はフリードさんの議論を楽しく読めるのか、不思議だ。おそらくフリードさんの文章が絵画や文体の具体的な姿にそって展開することが一番、僕をひきつけるところなのだと思う。知識や方法論をひけらかすのではなく、フロベールの文章や、具体的な絵画にそって話が進むので、英文を解釈する上で、わからないところがまったく残らない、ということがその理由なのだと思う。

じゃ、またね。

2018年5月24日 (木)

フロベールとクールベの「リアリズム」

クールベのリアリズムと太字で書いたのは、もともと、大文字のRで始まる形で書かれているからで、それはクールベ自身の表現でもあったと思う。
一方、フロベールの『ボヴァリー夫人』は、同時代においてリアリズム小説といわれ、それに対してフロベールは、そうではないと主張してきたという経緯がある。

そんな二つの「リアリズム」のどこに通底するものがあるというのだろうか。

これをマイケル・フリードさんの議論に沿ってきちんと整理するためには、フリードさんがクールベについて論じた、『クールベのリアリズム』という本にひととおり目を通してから何か言うのが礼儀というものだろう。しかし手元に本があるわけでもなく、届くのを待ってはいられないので、ここでは今回話題にしているフロベール論の中で触れられている限りでかんたんに整理してみよう。

すると、すでにみてきたように、フロベールの場合は完璧な文章をもとめるための実践、反復の様式として「音読」ということがあった。しかしながら面白いのはそのような音読の実践を通じて、かえって、同音の反復という固有のリズムが生まれることになった。そのことが単なるリアリズムを超えた文章の魅力というか、もっとはっきり言えば「異様なまでのインパクト」につながっているのだ。これは意図されたものか、無意識のものかとかいうことでは両断できない。意図した反復的実践=習慣を通じて、根底にある文章のエネルギーが引き出されたとしかいいようのないものだ。フロベールが自分の小説をリアリズムといわれるのを拒否したのは当然のことだ。

一方、クールベはどうなのか。これが今日の話題である。

Courbet_un_enterrement__ornans


例えば、『オルナンの埋葬』1849ー50(オルセー美術館蔵) は、ふつうのリアリズムか?とりわけ、画面の右上側、右に進む葬列の女性たちの配列は自然といえるだろうか?
ここに描かれているのはクールベの愛したフランシュ・コンテの、そこを貫いて流れるルー河Loue やドゥブ河Doubs 河の流れそのものではないのか?

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これもまた有名な『画家のアトリエ』1854−55(オルセー蔵)はどうか?

そもそもこの作品は単純に画家のアトリエを描いたものではないことは、タイトルにみて取れる。タイトルには「画家のアトリエ、私の絵画人生7年間のある局面を定義するリアル・アレゴリー」とあるのだ。

画面中央部、そこに描かれている画家とモデル、そして絵を見上げる農民の子供のところに注目してみよう。
するとモデルの頭の傾きと絵の中の樹木の傾きがまるで呼応しているみたいにリズムを作っている。画家はあきらかに画面に近づき過ぎていて、これではとても絵はかけそうにない。それどころか画家の下半身は自分の描いている絵の中に溶け込んでしまっているようでもある。モデルが胸の前に支えている衣装がだらりと垂れて画面の前の方に向けてまるで渦を巻いて流れる河のように、あたかも絵の中で画家が描いている絵画の中央部から河の流れがそのまま連続して流れ出てきているかのようではないか?
画面の中の絵画を渇仰するように眺める子供は何か?実は我々鑑賞者の位置をしめしているのではないか。すでに長いこと、西洋絵画の伝統の中に、絵画の中に鑑賞者を描きこむことが行われてきたのではないか?
『波』1869(ベルリン国立美術館蔵)で、波打ち際に転がっている岩塊は、なぜそのように描かれねばならなかったのか?

このように絵画を読み込んでいくと、リアリズムの実践と称するものの中にある画家、クールベの絵画制作が単純な自然の模倣ではないことが直ちに了解されるのだが、いうまでもなくフリードさんが言いたいのはそういうことではない。クールベの絵画制作を支えている同時代の言説のさまざまな連なり、例えば歴史画、ロマン主義からの離脱という流れとかとともに、ひとつのありうる仮説としては、前回少し触れたラヴェッソンの哲学などがあるのではないか、と言いたいわけである。ただし歴史学者がするようにその証拠を見つけることがフリードさんの目的ではない。絵画と文学というそれぞれ全く別の領域で起きていることをよくよくみていくと、それぞれの作品を芸術作品として成立させている、小さな目に見えないような連関があるのであって、そこに時代の共通のもの、昔風に言えば時代精神みたいなものの本当の姿があるのではないか、というのがフリードさんの探求の姿勢なのである。
いやー!おもしろいではないか!実におもしろい。
フリードさんは、まさに小さな本当に小さなミクロの特徴の探求から始めて、ついには大きな時代を支える精神史へとつながるような何かを発見しようとするまさに知的探索の達人なのだ!

前にここで、「絵は詩のように、詩は絵のように」という言葉を引用して、アートの中にある天地神人の四者交流領域云々と言ったが、クリエイティブなアートの領域には常にそのようなものがあるのだと思う。フリードさんはよく解ってらっしゃる。

追記:訂正!

前回「ミシマ社推し」の項で、中島岳志氏について、「チャンドラ・ボースについて書いた」と書いたが、間違えでした!
中島氏が書いたのは、チャンドラ・ボースについてではなく、ラス・ビハリ・ボース1886-1945 についてだ。
『中村屋のボース』2005 白水社
ラス・ビハリ・ボースは新宿中村屋の相馬家に婿入りし、日本にカレーを伝えた人物として知られる。インドの独立運動の担い手であり、日本とのかかわりに道をつけたのは頭山満であったり、大川周明と交わったりという、日本のアジア主義と深いかかわりがある。中島氏の本、さっき注文しました!

2018年5月23日 (水)

フロベールの音読の件

二週間前に川崎駅の駅舎上カフェで書きかけたフロベールの文章をめぐる問題はその後どうなったのか。気にしている人はほとんどいないと思うが、続けよう。
どのような件であったかを復習しておく。まずフロベールはある意味完璧な作家である、と言える。とりわけ『ボヴァリー夫人』は、田舎の夢見る夫人がどのように転落に追い込まれていくかを細密かつ客観的に描き、いわば究極の近代小説だ。
そしてその文体も推敲と彫琢を重ねた完璧なものともされる。

これに関して、フロベールはひとつながりの文章の中で、同音の子音や母音が過度に重なったりしないように、気を遣い、しばしば大声で音読していた(gueuler) と言うのである。ところが近年の学会でも取り上げられたりしているのだが、実際のところ『ボヴァリー夫人』の文章の中では、驚くほど不自然なまでに同音の連続がある、と言うのである。一番わかりやすいのは、
“v” である。フロベールのvealism
なんていいかたもあるらしい。
Bovary はもちろんのこと、 veau. nouveau. Vaubyessard. Tuvache. Charbovari. Canivet. Larivière. Vinçart. Vicomte. 使われてる固有名そのものが妙に牛vache=cow みたいになってる。 自然v音が過剰になる。

これは一体何故なのか。大きな声で音読までして文体の完璧を目指したフロベールがなにゆえこうした特定音の反復を許したのか?それは意識的なものかそれとも無意識か?フロベールの頭の中に偉大な先達であるVictor Hugo
のVが住み着いてしまったというのか?

ここまでが前回述べようとしたところ。さてフリードさんは、これに答えるに、正面からいくのではなく、側面から攻めていく。そして彼の専門分野である絵画論へと導いていくのだ。

19世紀フランスの哲学者でラヴェソンという人がいる。Jean-Gaspard-Felix Ravaisson 1813−
ソルボンヌで学位を得て、その後は教育行政に関わり、哲学教育に一定の影響力を持った。

その著書というか、論文のひとつに De l’habitude というものがある。『習慣について』とでも訳しておこうか。

これは言ってみればデカルトからカントにつながる合理主義の二元論が取り残した領域における「習慣」の積極的な役割を見出そうとするものだ。詳しく展開するのはめんどうなので、簡単にそう述べておく。

意思と欲求の対立とか自然と精神の対立とかを論じるのではない。存在の各領域のうち、生の形式のヒエラルヒーがあるとすると、低いものは運命や必然の領域である。高いものは知的自由の領域である。それらをつなぐものが習慣という行為の反復なのである。

さて、習慣、反復を通じて自然の意思が発現するというラヴェソンの議論をフロベールが知っていたかどうか、そのこと自体を問題にはしない。けれど大いにそれはありそうなことなのだ。

そしてどうしてもフロベール/ラヴェソン の関連を強く意識してしまうと、いうのは、あのリアリズム絵画と言われる、ギュスターブ・クールベのことをあれこれ考えてきたからなのだ、とフリードさんはいう。

クールベのリアリズム がどのようなものか、今日は十分長くなったのでまた次にしよう。





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