« せっかくなので 2 | トップページ | ヴェルフリ展のあと(前回の続き) »

2017年5月24日 (水)

展覧会 アドルフ・ヴェルフリ:二萬五千頁の王国

アウトサイダーアートに最初に触れたのはいつだったか、と思って自宅の本棚で展覧会の図録を探してみた。すると、世田谷美術館で開催された Parallel Visions というタイトルの展覧会の図録が出てきた。おそらくこれが、本格的にこのジャンルの存在を意識した最初の時なんだと思う。図録には1993年10月の発行日が記されているから、もういまから四半世紀近く前のことになる。その時展示されていた作品の中ではヘンリー・ダーガーのものが圧倒的な印象を残した。一方今回の展覧会の アドルフ・ヴェルフリについては、なんかたいして記憶にはとどまっていなかった。それでも今回、東京=中日新聞の記事でヴェルフリの名前を聞いて、これは見ないわけにはいかないな、と思ったのだった。

展覧会のチラシによると、今回はアドルフ・ヴェルフリ1864-1930 の日本における初めての大規模な個展だそうだ。
(以下、チラシ引用)
スイスのベルン近郊に生まれ、孤独で悲惨な幼少期を送ったヴェルフリが絵を書き始めたのは、罪を犯し、精神科病院に収容されて数年後の35歳のとき。以後、病室で一心不乱に描き続け、生涯に描いた数は25,000ページ。余白を残さず絵と文字と音符で埋め尽くされた作品はどれも、既存の芸術や美術教育の影響を受けることなく生み出された他に類をみない表現力と奇想天外な物語性、そして音楽への情熱にあふれています。自分の不幸な生い立ちを魅惑的な冒険記に書き換え、理想の王国を築いて世界征服をたくらみ、音楽監督として作曲に没頭した・・・。ヴェルフリの初期から晩年までの74点を厳選した本展は、アールブリュットの源流をたどる待望の機会です。・・・

アールブリュットはフランス語の art brut 。ウィキペディアのアウトサイダーアートの項目には丁寧な解説がある。まとめると、次のようになる。アウトサイダーアートとは、西洋の芸術の伝統的な訓練を受けていない人が製作した作品のうちアートとして扱われているものをさす。フランスの Jean Dubuffet 1901-85が がその命名者である。彼は西洋美術の伝統的な技法だけでなく、そもそも西洋文明の基本的な価値観に対して否定的であり、自身はアンフォルメルの運動に先駆的な役割を演じたアーティストである。彼は既存の芸術の概念からはずれたところにあった子供や精神障害者などによる絵画を 、アールブリュットと呼び、その価値を発見するように呼びかけたのである。そのフランス語が英訳されて outsider art となった。
なにか、アウトサイダーというと、日本語の語感としては常識を外れたみたいな風に受け取る人もいるかもしれないが、そういう意味ではなく、業界内部に固まってしまう固定的な美意識に対する批判を通じて、ポジティブなものを見出そうとする意味が込められているのだ。

そんな意味で、このジャンルのアートは今もなお、ある種の既成概念に対するチャレンジ的なものが保存されているように思える。その辺のプープーちゃんが、「まー印象派の絵ってキレイ!」みたいに直接的にはいかない面があることはまちがいない。つまり、このジャンルは全くもって20世紀的なものであって、ブラックとかデュシャンをみるのと同じような、あるいはヨゼフ・ボイスを体験するような、ちょっとした心の準備が必要なのだ。
ま、そうはいうものの、ヴェルフリの場合は作品はあくまで「平面絵画」なのだから、そこまでむずかしく考える必要はないし、むしろ art brut って位なんだから「ナマ」なままに、その「生地」というか「素材感」を直接味わうのもいいのではないかと思う。

というわけで、ここからがやっと本題ということかな。

展示に用意されていたシートには、ヴェルフリが多用する典型的なシンボルみたいなものが、「形態語彙」という風に例示してある。「眼鏡のモチーフ」とか「自画像」、「目のある小鳥」などのモチーフが繰り返し用いられている。「ホプティクヴァックス」や「蒸気プロペラリング」なんてのもある。こうした装飾性、シンボル性のあるフォルムが平面上で隙間なく組み合わされるのが一つの特徴でもある。その他楽譜とか文字がモチーフ同様に空間を埋め尽くすように画面の中に描き込まれている場合もある。それらの物語性のある絵は、劇場の描写とともにあり、あたかも作者の考える「物語」が、いままさにその画面に描き込まれた劇場で音楽とセリフとともに上演されているがごとくなのでもある。
また、晩年の葬送行進曲シリーズでは、コラージュが多用され、面白い効果を発揮している。

また、展示室に置かれたモニターの映像は、これら多数の作品が実はバラバラの状態ではなく、いわば書物のように綴られていることを示していた。一枚一枚のシートとしては、空間が様式的に埋め尽くされたており、さらにそれらのシートが数10ページくらいの書物の形にまとめられている。おそらくは一枚のシートが様々な記号によって埋め尽くされ、非常に密な状態になっているのだが、それらのシートが綴り合わされてある種の物語性のある「本」になり、初めてヴェルフリの表出が完成するのだろう。
前にあげたヘンリー・ダーガーの場合は、資質が全く異なり、画面がシンボルなどで埋め尽くされることはないのだが、その一方で、ダーガーの作品世界はひとつの王国の秩序をめぐる巨大な物語として構成されているという点で、何か一連の作品を通じて物語性のある作品世界を構成しようとする意志という点では共通するものがあるようにも思える。
ヴェルフリは生涯を通じて2万5千ページほどの作品を残したとのことだ。また、病院では希望する人に作品を与え、代わりになにか物資をもらうということもしていたようだから、そうした流出した作品も加えると作品のページ数はもっと多いのかもしれない。


アウトサイダーアート全般にいえることかどうかわからないが、作品が充溢して空間を埋め尽くすことはしばしば見られるようだ。(もちろん全部が全部そうじゃないことは自明) ひとつの形態素が自然増殖していくように作品化されるケースというのが結構あるように思える。

パラレルヴィジョンの図録を見ていくと、Madge Gill 1882-1961 , Johann Knupfer 1866-1910, J.B. Murry 1908-1988, Martin Ramirez 1885-1960 の絵画にそんな感じが見受けられる。
また、Simon Rodia 1879-1965, Clarence Schmidt 1897-1978, Ferdinand Cheval 1836-1924 の構築物にも 同様な手法、つまりモチーフの反復と組み合わせから複雑な構築物を形成しているようにも見て取れる。しかもこれらの構築物の素材という点でも、あえて手に入りやすい素材を少しずつ反復使用することによって、巨大な構築を手作り的に形成するのだ。

インサイダーである世界的な作家、草間彌生の作品では、ほとんど強迫的といっていいくらいに同じモチーフを反復する手法が見られることは知られる通りであり、アート作品における反復というのは、ひとつの批評圏を構成できるのかもしれない。しかし、今のぼくにとって、興味深いのは、単なる方法的反復ということではない。そもそもアールブリュットにおける反復は、「意図的」「構成的」反復ではなくて、作品世界を作ろうとするエネルギーの過剰が結果として生み出す反復みたいなものだと思っている。そしてそのようないわばエネルギーの過剰こそがアールブリュットの本質なのではないか、とも思ったりする。

自己を含む物語の構築と作品の関係というと、哲学者 ゼーレン・キルケゴールのケースが思い浮かぶ。すでにこのブログでもなんども引用しているように、キルケゴールの著作への意欲はやむにやまれぬものだったのであり、その書きものの中で、かれは情熱にとりつかれた人物になったり、あるいは堅実な倫理的人間であったりする。繰り返すが、そのような物語を書き綴りたいという希望は、やむにやまれぬものだった、と本人が語っているのだ。
さて再びアールブリュットにもどるが、件の郵便配達夫シュバルはひろった小石を「やむにやまれぬ」思いで積み上げていったのではなかろうか。ヴェルフリもまた、収容されたびょういんで、誰にたのまれるでもなく、描き続けていったこともまたやむにやまれぬことだったのではなかろうか、と想像する。
一般のひとが考える実利、功利の世界をほとんど逸脱してしまう情熱の過剰こそが、私たちの世界を構成しているのだと思うし、そのような世界の一端がこれらのアートに現れているのだとも思う。

「… が、それにしても私の内の製作欲はやむにやまれぬ激しさがあった。それを私はどうすることもできなかった」『わが著作生活の視点』1859 S.K


(続く)








« せっかくなので 2 | トップページ | ヴェルフリ展のあと(前回の続き) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1670621/70661439

この記事へのトラックバック一覧です: 展覧会 アドルフ・ヴェルフリ:二萬五千頁の王国:

« せっかくなので 2 | トップページ | ヴェルフリ展のあと(前回の続き) »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近の記事から

  • ザッハリッヒに・・・
  • 黄組健児
  • 色男というジャンル

amazon

  • シューマッハー 『宴のあとの経済学』
  • シューマッハー 『スモール イズ ビューティフル』
  • 加藤周一『日本文学史序説・下』
  • 加藤周一『日本文学史序説・上』

amazon !

無料ブログはココログ

楽天