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2017年5月18日 (木)

またも、「なんだよ!」の補遺

「土下座」(1920)『面とペルソナ』(1937.12)所収

「土下座」という掌編について、前回、苅部が和辻論の序章として取り上げている事から
僕も少しく話題にしたのだが、和辻という書き手の何とも言えない力というものがある事だけはきちんと強調しておきたい。ちなみに「土下座」は岩波文庫の『和辻哲郎随筆集』でもみることができる。その掌編の最後の部分を引用する。

(以下、引用)
彼は翌日また父親とともに自分の村だけは家ごとに礼に回りました。彼は銅色の足に礼をしたと同じ心持ちで、黒くすすけた農家の土間や農事の手伝いで日にやけた善良な農家の主婦たちに礼をしました。彼が親しみを感ずることができなかったのは、こういう村でもすでに見いだすことのできる曖昧宿で、夜の仕事のために昼寝をしている二三のだらしない女から、都会の文明の片鱗を見せたような無感動な眼を向けられた時だけでした。が、この一二の例外が、彼には妙にひどくこたえました。彼はその時、昨日から続いた自分の心持ちに、少しひびのはいったことを感じたのです。せっかくのぼった高みから、また引きおろされたような気持ちがしたのです。

彼がもしこの土下座の経験を彼の生活全体に押しひろめる事ができたら、かれは新しい生活に進出することができるでしょう。彼はその問題を絶えず心で暖めています。あるいはいつか孵る時があるかも知れません。しかしあの時はいったひびはそのままになっています。それは偶然にはいったひびではなく、やはり彼自身の心にある必然のひびでした。このひびの繕える時が来なくては、恐らく彼の卵は孵らないでしょう。

(以上、引用終わり)


疑問。「この一二の例外」と文章にあるが、例外はひとつではないのか? 「二三のだらしない女」から無感動な眼を向けられたのが一二だったのか?それとも言葉の勢いからくる「あや」のようなものなのか。

そんな小さな疑問よりもっと大事な事。この「土下座」は大正9年の文章なのだが、『面とペルソナ』は、昭和12年に纏められたものであって、言って見れば、17年前の文章をその時点で纏めた和辻の意図は何だったかという事である。その答えは簡単である。その「ひび」が、まだ癒えていないか、「癒つつある」かのどちらかである、ということでしょう。和辻が、敵とみなした「個人主義」「町人根性」「アングロサクソン的、ホッブズ的、ベーコン的、量の精神」、こういうものに日本精神が勝利するあかつきにはその傷が癒えることを夢見るロマンティックが、まさにその出口の明かりがみえつつある、という認識のもとにこの文章が収められたのだ、ということなのです。

和辻のすごいところは、そのような20年後の自己の思想の運命を、ごくごく「小さな」村の葬儀の出来事の中に見通していたようにも見える事なんだな。和辻の文章には常に語り手の意図を逸脱して、それ以上の何かを捉えてしまう「文それ自体の力」としかいいようのないものがあるともいえる。


今日2017年5月18日、朝鮮半島北部の指導者は、次々と軍備の拡大をアッピールしており、それに対してアメリカ合衆国は、巨大空母を配備するなど対応している。こんなときに、次のような、ある学者(ベルナール・ファイ)の言葉を、和辻の「アメリカの国民性」1943.12 という論文に見いだすと、なんだか変な気持になってくる。曰く、

「アメリカでの生存は爆発の連続から成っている」


じゃ、良い子のみんなまた近々!




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