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2017年5月 9日 (火)

ああ、岩波文庫の岩波か

和辻哲郎全集は1961年から始まる刊行を第1期とすると、続く1976年からのものが第2期となる。その後1989年から第3期の刊行となる。それまでが20巻からなっていたのに対して、この第3期の増補版では、25巻と別巻二冊と大幅に原稿が増えた。従来の全集にはなくて、新たに加えられた小稿と付属の月報には、なかなか面白いものが含まれている。

今日の和辻先生ばなしは、そんな掌編のうちのひとつを話題にする。そのタイトルは、今日のこのブログのタイトルの通り。岩波の小冊子「図書」1953年4月に載ったものである。書かれたのは戦後だが、話題となっている出来事は戦前の昭和11年のことである。日本橋で岩波茂雄に偶然会った和辻が、軽井沢に行った話である。この掌編の肝は、昭和6年には知られていなかった岩波書店が、11年には岩波文庫の成功を通じてよく知られるようになっていて、タクシーの運転手がタイトルにあるような言葉を、ある種の発見の喜びのように語ったということで、それほどまでに岩波茂雄の方針が人々に影響を与えていたのだ、という岩波へのヨイショ話である。

ぼくが、興味を持ったのは、その話のホンスジではない。前々から話題にしている、戦前の人々の暮らしぶりの件である。野上彌生子『迷路』の主題の一つでもある、戦前の階級分化、豊かなものと貧しいものの驚くほどの隔たりと、その事実に対するブルジョワジーの盲目、これらを野上は客観的に、もちろん告発の意味合いも込めながら描き出しているのであるが、戦前ブルジョワジーにとって「軽井沢生活」というものが当たり前の日常の光景であったことを、野上の語る小説と同じように、この和辻の小文がよく示しているのである。

話はこんなことだ。昭和11年の秋、奥さんと展覧会を見に一緒に日本橋に出かけた和辻が、よく行く「菊寿司」で食事した。するとそこで偶然、岩波茂雄に会った。岩波は和辻を軽井沢に誘い、和辻はその場で奥さんと別れてそのまま岩波とタクシーに乗り、上野から軽井沢に向かう。二人は「グリーンホテル」に泊まる。(念のため申し添えますが、グリーンホテルは現在北軽井沢にある「グリーンプラザ」とは何の関係もありません。グリーンホテルは西武が千ヶ滝の奥に建設した歴史のあるホテルです。現在は解体されています) 翌日は車で北軽井沢に行き、鎌原の観音堂を訪ね、法政大学村の岩波の別荘の修理の現場を見て帰った、とそれだけの話である。
ちなみに小生も鎌原観音堂は訪ねたことがあるが、そこは浅間山の噴火に伴う噴出物で、埋もれてしまった当時の生活が近年の調査で復元され、災害の恐ろしさを伝える歴史資料として周辺はずいぶんときれいに整備されている場所である。
当時はそんな風に整備されているわけではなかったのにもかかわらず、和辻にとって、この場所はずいぶんと印象深かったらしい。
和辻は、その場所で「人生の底知れぬ「哀れっぽさ」というふうなものが感じられたのである」と書いている。しかし、感想はそれだけである。話題はもっぱら、軽井沢の一角に岩波文庫の広告がたつようになって、そこそこ人に知られるようになった、というその点に向かって行く。
大学村の一隅にあるクラブは「比較的きれい」で、そこで昼食を食べたことが、鎌原の話の後に続く。

このなんでもない文章を書くにあたって、和辻の頭の中にあったのは、岩波茂雄の成功をほめようとする、その一点だけであろう。しかし、昭和28年という年に書かれたその原稿で、北軽井沢の寒村のようすがただひとこと「人生の底知れぬ哀れっぽさ」と形容され、後は日本橋の寿司屋や軽井沢のホテルの固有名によって満たされているのを見るとき、昭和11年というその時代の、この社会のありようを、あらためてまざまざと感じざるを得ないのだ。それがなんであるか、このブログを前から読んでくれている人ならわかると思う。階級が紛れもなく存在したある時代の姿である。そして、そうした時代やそれがもたらした惨禍の問題を、敗戦後8年を経過してなお、感じることのできない、鈍感な知性の問題である。

大正8年、『新潮』11月号で、前月号に載った森田草平による批判を論難している。森田が和辻を「金と暇の意義を過小評価している」と批判していることに対して、森田だって結局は「自分一己」の満足を求めてるだけじゃないか、的に論難しているのである。

同じことである。和辻に見えているのは、「クラブの比較的きれいな」食堂であり、軽井沢の広告塔であり、「菊寿司」なのだ。農村の風景はただの「底知れぬ哀れっぽさ」一般に解消されてしまう。


僕は、和辻を貶めようとしているのではありません。いつも非常に感心しながら読んでいるのです。ですから、たまには褒めてみたいのですが、書き出すとこんな風になってしまいます。どうもすいません。和辻がとても秀れた書き手であるが故に、はからずもその時代の偏見やムードを言ったものを正直に描き出してしまっているのだ、というのが僕の考えなのです。話者の無意識を通じて、時代の無意識を垣間みようとする、そんな試みだと思っていただければ嬉しいです。

じゃ、良い子のみなさん御機嫌よう。

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