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2017年6月14日 (水)

林芙美子、イイネ!

こないだ成瀬巳喜男の『浮雲』見た話書いたんだけど、ついでに原作も読んで見た。成瀬監督の映画が原作に忠実なのにおどろいた。
そして、林芙美子の描いた世界が、時代の制約とかとは関係なしに、何か普遍的なものを表現していると思って感心した。

「私達って行く処がないみたいね」

主人公ゆき子のセリフは、敗戦後の日本の状況とかというよりも、地上における人間の普遍的な情緒ではなかろうか。この寄る辺のなさといったものは、すべての登場人物に共通している。

作品全体を貫いているのは、言ってみれば「存在論的な寂しさ」というようなものである。「世界−内−存在」としての人間のありようをSorge という気分で表現した哲学者がいたが、『浮雲』を読んでいると、それを「寂しさ」と言い換えて見たらどうか、という気持ちになってくる。

「寂しい」とは何かの欠如態とも言える。主人公がことさらにそれを感じるというのも、「欠如」の反対、つまり「満たされた」状態が意識されるからである。この物語では、昭和18年の秋、当時の仏印に農林省の出先機関のタイピストとして働いていた時の記憶が常にベースにあるわけだ。彼らが日本の敗戦によって奪われたのは、軍占領下で自由に振る舞える、「外地」の空間である。それは隅々にまで張り巡らされた「擬−共同体的」秩序によってがんじがらめにされた「内地」とはまさに反対の自由なくうかんであり、彼らにとっての「行動的−生」の舞台であった。そこでは人間関係は自立した個の関係であり、恋愛感情がプラスの価値として機能する舞台でもあった。もともとだらしない男である富岡という農林研究所の職員も、仕事の上で無能なわけではなく、ただひたすらに女性との関係においてだらしないのである。

日本国家の「南進」によって彼らが一時的に得ていた自由空間を失い、浦島太郎のように、スカンピンな日本に戻って来た時に、個としての人間存在の根源的な状況が、露呈することになる、というのがこの物語の構造を作っている。

それにしても林芙美子が優れていると思うのは、前に彼女のフランス旅行記に触れた時に感じたように、彼女の観察眼が、非常に素直であって、「日本がどうした」とか「西欧の文化がどうした」とかといった、余計な観念を全く交えていないことだ。あるのは常にその人の性格だとかの洞察だけなのだ。
この小説の中で言えば、ベトナムの街ダラットの出先機関の様子について、
その職場で働く、女中のニウへ向ける視線や現地雇用のタイピスト、マリーへの視線も、とても自然なものだ。女中のニウは、富岡と関係するのだが、富岡のニウに対する感情の記述も、そのむき出しの様態においてなんのくったくもない。

林芙美子にかこつけてコロニアリズムの視線がどうした、ということを論じたいわけではない。この小説がフォーカスしていくのは人間の存在論的な条件である、ということが大事なのであって、それが露呈するための条件として、コロニアルな情景と敗戦後の内地が、極めて効果的というか説得力のある構成を可能にしている、ということを言いたいのである。しかしながら一方では、こうした条件といったものも1940年代の日本人が新たに得た視点でもある、ということも重要だと思う。つまりなんの変哲も無い一般市民が、日本の本土を離れて仕事をし、その中で内地では得られない経験をし、そこから何かの理念を掴んだということ。そしてその条件が失われた時に、その理念はまぼろしだったと言えるのか?ということだ。そのことが小説の中で、再三主人公たちの口から漏れてくる。簡単に言っちゃえばそれは「ダラットの青春の日々」とでもいったもの、もっと短く言えば「青春」という理念である。だれにでも若い日があるわけで、「青春」とは「特権的なもの」であって、「青春」とは「自由なもの」であるはずだ、ということだ。主人公たちはこの自由空間を二重に享受した。コロニアルな状況の自由と自らの年齢としての青春期の自由という、二重性である。

何かの瞬間があまりにも輝いていたために、人はその時の代金のツケを一生に渡って払い続けるというようなことがある。
その瞬間をもたらした条件のひとつはは間違いなく、この小説では、「ダラット」の環境なのだ。

引用したいのだが、とても長くなるので気がひける。第21節、文庫版では151ページから154ページまでのところでゆき子がダラットでの生活を回想する場面では、ゆき子の口を通じて珍しく、日本軍の南進政策への批判めいた口吻が出てくる。そしてそこでは富岡の口からも同じような発言がされる。ここはきわめて重要な場面であると思う。どうしようもなくだらしない富岡という人間であるが、はっきりと世間をみているのだ、もしこのどうしようもない男女をつないでいる何かキズナがあるとしたら、まちがいなくこの共通体験がもたらした「自由」という理念のためなのだ。
でも林芙美子はそういうことを声高には言わない。

「みんな過ぎた思い出になってしまった。そして、あの美しい土地にごみごみと散らばっていた日本人は、みんな日本に追い返されてしまったのだ」

「美しい土地」とそこでの「美しい経験」は二度ともどらない。この切実さというものを知っているか知らないか、知っていても忘れてしまえるのかどうか、そこにいわば人間の全倫理がかかっていることを林芙美子はとてもよく知っている。


第36節で、すくなくとも林芙美子は小説として言いたいことは全て書き尽くしたのだと思う。
文庫版では259ページの最後の行から、その節の終わりまで。
ここも引用するに足る、美しい回想だ。その一部だけ引く。


・・・その風景の中にレースのような淡さで仏蘭西人はひそかにのんびりと暮らしていたし、安南人は、夜になると、坂の街を、ボンソアと呼びあっていたものだ。湖水、教会堂、清艶な緋寒桜、爆竹の音、むせかえるような高原の匂い・・・・もう一度、あの場所が恋しいのだ。こんな貧しい生き方は息苦しい。・・・贅沢さは美しいものだということも知った。

そして、次のような認識も。

・・のびのびとして、歴史の流れにゆっくる腰をすえている民族の力強さが、ゆき子には根深いものだと思えた。何も知らないとは言え、教養のない貧しい民族ほど戦争好きなものはないように考えられる。この地球の上に、あのような楽園がちゃんとある事を日本人の誰もが知らないのであろう・・・
他人を見る眼のとげとげしさに訓練させられている日本人の生活の暗さが、ランビャンの楽園にいる時は、なんとも不思議な人種に見えて、ゆき子は、生涯をランビャンに暮らすつもりで、日本の遠さを、心のうちではよその民族を見るような思いでもいた。



こうした記述から、何か日本人論的なものを引き出すとか、コロニアルな特権者の眼差しとしてこれを退けるとか、それも十分可能だが、そういうことは作品の本質を離れるだろう。

はじめにも書いたように、1940年代の特殊な歴史的条件を通じて、林芙美子は、きわめて普遍的な、しかも文学だけがそこに到達できる「人間の条件」を示したのだと思っている。

おろかな人間は、何かにつけて「びっくり」するものだ。早川トオル、今回も本当にびっくりした。「いや〜林芙美子、いいね!」
もちろん成瀬巳喜男の映画も凄かったけど、やっぱり原作は、ちゃんと読むべしだったな。

「切実さ」というものへの切実な思いがないものはブンガクとは言えない。林芙美子はブンガクだな、間違いない!

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