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2017年6月10日 (土)

高見順があらわしているもの 訂正版

高見順の『いやな感じ』1963、今日大学の図書館ですこし読み直してみると、このあいだ区立図書館で斜め読みしたのと、だいぶ印象がかわってきた。結論からいくと、「こりゃ、ダメだ」。

なにがダメかというと、主人公の人間が、まったく描けていない。べらんめえでスラングを使い、生命力のつっぱしるままに行動する無軌道な人間を描こうというアイデアはともかく、それがどうしても歴史的実在の人間になってこない。前回、そういう点に気づかなかったのは、部分部分の描写しか見ていなかったからだ。特に出のところ、主人公が遊郭がよいし、淋病になって医者にかかるところあたりはいいし、それから最後の殺人のところも緻密な描写になっていて、ほんとうにびっくりする。ただ問題は、それらをつないで、生きている人間の像が描けていない。だから、この小説は、いってみればただの戦前・戦中の政治に題材を借りた「娯楽小説」以上のものにはなっていない。

そもそも1963年の時点で、この時代を描くからには、戦前戦中の時代の痛みが描けていなければいけないし、行動する人間といえども、常に迷い、決断する際には何か考えて、そのぎりぎりのところで選択をするのだ。だが、高見の小説の中では、ただのロボットみたいな人間があれこれ言っているだけで、それ以上にはならない。そもそも高見は「政治」について何かを書こうとするのなら、当然、1963年の政治のアクチュアリティが前提になっているはずなのだが、それがない。

例えば大江健三郎が「セブンティーン」で「右翼」の行動を戯画化して取り出した時も、大江は常に「危険」とともにそれを書いていたのだと思う。(大江はその後も一貫して右派の憎悪の対象となり続ける)。高見はいかなる観点で戦前戦中を描こうとしたのか、その政治的判断がない。だから、それらしいことを書いても、人物の政治的行動の意味が解明できていなくて、ただのエネルギーに溢れて自滅する馬鹿野郎の行動しか書けていない。

ようするに高見には1930年代に人々が何を問題にして、直接行動にでたのかが、「わからない」のだ。

今回、高見を参照したのは、鈴木貞美が、高見の描いた主人公が「大正生命主義の帰結」だというから読んだわけだ。しかし、もし鈴木のいう「大正生命主義」が高見の描くばかばかしいものだとするなら、そこには見るべきものも論ずべきものも何もない、ということになる。

高見はプロのエンターテイナーであるが、肝心の思想の理解力という点では問題外である。これでは山田盛太郎も大杉栄も浮かばれない。北一輝の理解についていうなら、渡辺京二の『北一輝』と天地ほどの差がある。これじゃ、北一輝も青年将校もまるきり浮かばれないではないか。

というわけで、鈴木貞美の文章理解力にも大方の見当がついたので、もうこれは相手にしないことにする。

吉本隆明が『悲劇の解読』 1979. 筑摩書房 の中で、「悲劇を介してだけ、『作品』は普遍的に作品に到達する」、と述べて、批評がもつ悲劇性は「作品が悲劇であるときだけ、かろうじて釣り合う」みたいなことを言っているが、何であれ文学を論じようとするなら、その程度の覚悟は持ちたいものだ。

高見の書いた世界は「えげつない」点においては何かの真実に迫っていることは間違いないが、それは戦中思想でもないし、大正思想でもない、まったく別のものである。あえて言えば高度経済成長期にさしかかって、「えげつなく」金儲けに邁進しだした日本人の自画像がその適切な対応物ということになるだろう。

そのようなものをもって、大正から昭和の思想をあらわしているなどというのは、とんだ時代錯誤である。あー、なんだか書いてるうちにめちゃくちゃ腹が立ってきた。こんなもので戦前・戦中をかたられちゃあ、たまんないよー。いいかげんにしろ!

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