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2017年7月

2017年7月21日 (金)

山食でカツカレー(大)

たった今山食でカツカレー(大)食べました。食べてる最中は、「こんなん軽いな」みたいに瞬間食了したわけですが、いま図書館に戻って来まして、脳の血流に異常を感じております。

このところ、アメリカの美術批評を見ております。というのも、少し前のブログでも紹介したように、ダントー氏の『After the End of the Art』の翻訳が出版され、多少刺激を受けたこともあります。それと同時にアメリカの文化批評のジャンルでそれなりに面白く新しい研究の本が出ていることも、Amazonなどで簡単に知ることができるようになり、そちらに興味が移っている所です。

まず状況だけを簡単にみておくと、ダントーが指摘した通り、基本的にアートの世界は、「これがアートだ」というアートワールドの認証のもとで、なんでもアートなわけですから、いまさらHigh-Popularの区別が意味があるわけでもなく、使われるメディアもなんでもありなわけです。ただ、そうしたことを認めた上で、身の回りを見ますと、そこここで開かれているミュージアムの企画は、何か20世紀初頭のところで時計の針が止まってしまっているようで、その後のところ、今日に至るまでの100年間の世界のアートの事情を知る上では、極めて偏っているわけです。これはどのジャンルでも同じことで、たとえば「ブンガク」でも、あいも変わらず「ソウセキがどうの〜」といった風な、100年前の著作についての、なんの新味もないおしゃべりが続いているわけで、せめて、僕のブログがキチンとやっているように、それらの「ブラック」な部分をきちんとみるような作業すらやってない。これはもはや「超高齢化社会」において、爺さん婆さんが同じ昔の話を繰り返しているような、とんでもない「ブンカ」状況となっているわけです。年上の人間がそんな風ですから若手に至っては、「なんだ、昔話をしていりゃいいんだ」みたいな、そんなことになっているのかどうか、たぶんなっているんだ 、ということで、この連日の暑さもあって、日本語の構文も怪しくなって来つつあるという支離滅裂状態です。

さて、今日最初に紹介したいのは、Thomas CROW と言う人の、Modern Art in the Common Culture : 1996 Yell UP ですね。 今、二番目の記事を読んだんですけど、ジャクソン・ポロックが Mural 1944 を描いた時のことが書いてあります。ペギー・グッゲンハイムがマックス・エルンストと別れて、イギリス人のケネス・マクファーソンと結婚する記念に作成させたんだけど、それを促したのはグッゲンハイムの取り巻きだったハワード・プッツエルとかロベルト・マッタとかで、とくに重要な役割を果たしたのがマルセル・デュシャンなんだってね。それともうひとつはメディアの手で冷戦期の自由イデオロギーの宣伝みたいな形で利用するような雰囲気もあったんだってね。ご承知のようにポロックは絵の具をすごい勢いでぶちまけて短時間で描くんだけど、それを可能にしているのは、めちゃクチャでかいキャンバスにそれを描く、っていうことね。キャンバスが大きいから「アクションペインティング」みたいな感じで描いてるところそのものが絵になるわけ。ポロックは、まさに身体を「自由に」使って「制約」なくエネルギッシュに制作するんだけど、そのこと自体が冷戦的枠組みの中で意味を持ってしまう。それから、やたらでかい絵だけど、シケイロスみたいな「壁画」ではなく持ち運び可能な「キャンバス」の上に書くところも抽象表現主義の特徴になるわけだけど、そのことのイデオロギー的な含みもあるわけだ。そして、「自由に」描いているはずのポロックにはそういう「制約」の意識はないんだけど、クライアントであるグッゲンハイムとその取り巻き、とくにデュシャンの意向が働いていることは要注意、ということなんだ。というわけで、ポロックの絵ひとつ取り上げても、いろんな切り口や考えを進めることができる。またモダニズムをリードしたクレメン・グリーンバーグも、Mural 1944のころは、そんなに持ち上げてなかったらしい。この辺のアートの主流が大陸からアメリカに移動するところなんか、日本では何を見ても読んでも、全然わからないよね。


というわけで、クロウの本を読みながら、もし僕が本を書くとしたら次のようなものになるかな、と考えた。

タイトルは Aesthetic Positivism

副題は「美- 資本、その蓄積・増殖・社会的インパクト」

内容は、まずは、グッゲンハイムとはどういう一族か、という実証研究ね。美術愛好、収集と富の蓄積との関係がそこからみえてくるはず。
それから日本に関しては、日本資本主義が、「美的実証主義」をその内部に打ち立てることができなかったのはどうしてか、という問題を立てて見たい。
そこでまず問題になるのが「日本浪曼派」の「美学」ですね。そして、戦後文学に関しては三島由紀夫の「美学」をロマン主義のフラグメント化みたいに捉えるというのがいいかな、と。つまりポジティビズムの反対ね。日本美学が「ポジティビズム」つまり「資本主義の原理」と結びつかなかったことが、現在の日本の文化状況の根本にある、という見通しだ。

まあ、仮に本を書くとしたら、ということで、そんなアイデアだけは浮かんで来た、ってこと。
じゃ、とにかく外は暑いから、頭をオーバーヒートさせないように、みんな頑張ってね。

2017年7月14日 (金)

いやはや

暑くて爆発だあ。先週 渋谷文化村で ヴィスコンティ 1963年の作品『山猫』見た。あっという間の3時間だったね。思い返せば岩波ホールで同じくヴィスコンティの『家族の肖像』を見て、そのあと T教授のところに結婚の報告と新年の挨拶に出かけた辺りから今の僕の人生のパターンが決まったんだな。ヴィスコンティ映画とはなんか不思議な縁がある。といっても『イノセント』とか『ヴェニスに死す』とかこれと言って強い印象はない。『家族の肖像』はなんとも不思議な強い印象を残した作品だ。今回劇場で見た『山猫』は、シチリアの貴族が主人公で、なぜかバート・ランカスターが演じている。ヴィスコンティはランカスターのどこが気に入ったのか?何かLGBT的に受ける要素がバート・ランカスターにあるのか?映画の中でも風呂から出てきて何もきないで堂々としているところが出てくるので、なんか気になる。今回の作品の若い甥っ子、タンクレディ(変な名前?)を演じるアラン・ドロンも文句なしの美青年。そのお相手役のCC( クラウディア・カルディナーレ)のなんとも言えない危ういほどの若さ。完璧主義者ヴィスコンティの押し出しは本当にすごい。ガリバルディ隊の戦闘シーンなんかも大画面の隅から隅までみんな演技している。僕はこういうの大好きね。せっかく大画面でみるんだから隅から隅まで完璧であってほしい。昨今のコンピューターグラフィックスのお粗末な画面とは大違いだ。舞踏会のシーンもすごい。なんか説明読んだら、ヴィスコンティはほとんど自然光で撮るんだってね。舞踏会の場面もそうで、光量が足りない分はロウソクをたくさん焚いて撮ったんだって。どうりでみんな暑そうに扇子をパタパタやったり、アラン・ドロンも別に汗かく必要ない場面で汗かいてたりしたわけだ。昔の映画はでかいカメラで撮るから、画面の隅から隅までほとんど歪みが無いんだわ。
そしてシチリアの自然。街路を吹き抜ける強風と埃、広場から見下ろす地中海の風景、こうしたひとつひとつの個別の事物の在りようを実に丹念に写し取っている。映画のテーマそのものがシチリアの風土の中に形成された社会、その貴族をふくめた社会の変化なんだ。貴族社会の没落を描くというと、なんだかネガティブなイメージを持つ人が多いかも知れないけれど、全然違う。没落とは超ビューティフルなんだ。なぜならそれは「必然」なのだからね。変わるもの、変わらないもの、個人の勇気や創意工夫、時代の変化という時にはいろんなことが浮かび上がってくる。映画という芸術のジャンルは、「映画的な時間」という極めて特権的で特異な方法的実践を通じて、さきほどあげた歴史や社会の総体といったものを示すことができるのだ。先般見たエドワード・ヤンの作品もそうだった。

何であれ「出来事」は一回的なもので、ある場所である時代にある特定の人々のさまざまな連関の中で起こるのであって、そのどれ一つとして「一般的」なものには解消されない。それにもかかわらず「映画的な時間の流れ」は個別的なものを丁寧に描けば描くほど、まったく別の次元にある、歴史の「流れ」のようなものを描き出してしまう。実に不思議であり、かつ面白い。
僕はハリウッド映画のPC(政治的正しさ)が大嫌いだし、グローバル映画が描き出す「どこでも無い場所」が実にスカスカでみるに耐えない。東京ディズニーランドに行く感性がダメである。そういう意味では世界がグローバル化してしまった現在もう僕は生きる場所がないのである。しかし、50年以上前にイタリアで撮られた映画は、19世紀後半のシチリアを描いているだけなのだが、21世紀に生きている僕を興奮させてくれる。ヴィスコンティ作品というほとんど語り尽くされている感のあるものにいまさら何か言うまでも無い。けど少しだけ感想を入れるとすると、自身も貴族階級であるヴィスコンティの思い入れがちょっと「過剰」なんじゃないか?と鼻じらむようなところもあった。(映画のタイトルとなっている、山猫やレオーネに主人公が自らをなぞらえるセリフの所ね)。まあ原作どうりに撮ってるんだろうけどねえ。それからどうしても気になるのが監督のLGBT的な感性ね。ナチス親衛隊の「 ・・・ ナイフの夜」事件を描いた『地獄に堕ちた勇者ども』はまさにそうだし、『家族の肖像』も『ヴェニスに死す』もなんだか、独特のものがあるよね。この映画の中でのクラウディア・カルディナーレの美しさも何か純然たる「女性性」とは異なるような感じもするのだが・・。

それにしても、先般たまたま神保町でグラムシの本を見て以来、イタリアの Question Meridionale が くっついてきいているというのも不思議な流れだな。

2017年7月 6日 (木)

井上寿一さんの本

『日中戦争下の日本』講談社選書メチエ 2007.7 読みました。

このブログで一貫して問題にしている時期に関する記述であり、また、時代相の捉え方として、僕が述べてきたことと重なる部分が多く、その意味で楽しく読めました。

第1章「兵士たちの見た銃後」
世界恐慌からいちはやく脱して、1930年代を通じて成長し続けた日本経済は、日中戦争がもたらす国防充実のもとで重化学工業が発展し、戦時統制経済にもかかわらずますます景気が拡大し、銃後の生活、とくに都市生活は豊かになって行った。
銀座ではデパートなどが豊かに飾られ、消費を中心とした生活が庶民に及びつつあった。だから兵士に送られる慰問袋も一人一人がこころをこめて送ることもある一方、デパートがセット販売しており、注文すれば、手間いらずで戦場まで送るサービスまでしていたそうです。あまりにも心がこもっていない慰問袋が届いて、がっかりすることも稀ではなかったとか。このころの消費文化については『迷路』の中でも出てきてましたよね。フランス人の経営する麻布の店でパーマをかけた後、銀座のパーラーで「サンデー」を食べるとか。東京のややハイソな人にとってはそうしたことが当たり前になってきていたってこと。そんな様子を示すようなデパートの写真や慰問袋の広告がこの本に紹介されています。つまり戦争のもとでの経済活動の拡大にともなう消費生活の拡大、そうした中で、中国の戦線にいる軍人の経験や意識と、国内とくに都市生活者の豊かな生活とのギャップが初めて意識されるようになったわけだ。もっとはっきりいうと、要するに「無関心」だよね。消費文化に基づく生活意識は、強制されない限り、「戦争」をイメージすることはない。兵士の側からみると、「俺たちがこんなに頑張っているのに、銃後ではこんなにちゃらけたことをやってんのかよ!」、ってことになる。

第2章 戦場のデモクラシー

一方で、中国に行った日本人兵士たちは、現実の中国の人々に接して、ある人は中国農村の素朴な人間性に触れ、ある人は貧困の様子を知り、という形で、何か肯定的なものを捉えるようになっていく。それは国内では全く得られない、経験による「知」の獲得だったわけだ。
これも僕が前から指摘しているように、日本の平凡な人間が、初めて「外国」をじかに体験するという事態なんだな。本だとか、人から聞いたこととか、という形で、ステレオタイプ的に
しか知らなかった「外国」(ここでは中国)について、全く新しい経験を得たことになる。これはすごい画期的なことなんだよね。「桃太郎の鬼退治、加藤清正の虎退治、乃木将軍の203高地」みたいな「お話」としての外界ではなくて、日本以外に自分とおなじような人間が作る社会と社会生活を初めて経験したわけだ。そこからはいろんな観察や同情がうまれてくる。だけどそういうことは「消費文化」に浮かれている内地の都市生活者には、何も伝わらない。そんな中、軍当局から「ペン部隊」として送り込まれた作家たちが、同じように現地の生活に触れて、いろいろ経験し、それに基づいて日本文化の中にある狭隘なものの見方さなどに気付く人がでてくる。


第3章 戦場から国家を改造する

対中進出が一段落すると、戦線は膠着し、中国民衆の間からは日本軍への不満が高まってくる。その一方で国内向けには、戦争体制にむけて世論を導きたい。そんなところからにわか作りの理念としての「東亜共同体」とか「国民精神総動員」みたいなスローガンがでてくる。内鮮融和論がおこり、社会大衆党は国民政党化する。


第4章、第5章、第6章
こうしたことに対応しようとしたはずの近衛新体制、翼賛運動は、内実はなかった。また蓑田胸喜のような日本主義も、帝大の教授たちを攻撃し、やめさせたところで目的を失った。農村でも都市でも、「下方平準化」により、あたかも日本は「共産化」したかのようになった。その一方で日本は「神の国」という空疎な言葉だけがあり、人々の心はバラバラになって行った。

この本で面白いのは第1章の「銃後」の社会を描いたところとか、第6章で国内がバラバラになっていく例をあげているところ具体例をいろいろ記述しているところだ。その一方で、社会の分析としては「自由主義」と「全体主義」のというダイコトミーと「国際協調」と「地域主義」という二分の組み合わせから概念化しようとしているけど、これは全く説得力がない。それからイデオロギーに関しても極端な日本主義の登場をマッカーシイズムに例え、蓑田を「トリックスター」などと位置付けているが、これでは何の説明にもなっていない。
歴史家だから「概念化」の努力は必要ない、事実を列挙して読み物として成り立っていればいい、というのでは物書きとして理想が低すぎるだろう。

しかしながら、僕がこの著者に期待する面があることはまちがいない。
日中戦争期の歴史イメージを、日米開戦後の坂道を転げ落ちるような転落のイメージの延長上に捉えることをやめる、という点。
1937年から41年までは、日本社会は経済的にも社会経験の上でも新しい豊かなものを経験していた、つまり結構ポジティブな感じで進んで行ったこと、そんな捉え方を支持したい。
日本社会が新たな市民意識の入り口まできていたこと、その辺を歴史家として、多くの例証とともに示してくれていること、そんな点だ。

市民意識とはプライベート重視、消費生活重視などのエゴ優先の社会へといやおうもなく突入していたということだ。またその一方では、新たな経験を通じて、中国の人々の当たり前の生活のあり方にも気付く人々も現れた。そういう面をこの著者はきちんと押さえている。

日本の統治者は、市民意識の成長から生じる統治体制のほころびをついに埋めることなく、社会は統合を失って敗戦へと突っ走って行ったということだ。
新たな市民社会のイメージを担ったのは労働者・女性・農民という階層だが、彼らの国内での発言権の拡大の一方には、中国朝鮮その他、日本軍国主義の植民地主義によって声をかき消された大衆があった、とそういうことなのだ。
日中戦争から敗戦に向かう過程は、統治作用が極限まで衰微した解体期の社会であった。この間にいろいろな主張がなされたが、そもそもいったい日本の近代はいかなる「統治性」の原理を問うてきたのか、「原理主義的日本主義」、「(とくに経済的上の)自由主義」、アジアと日本の関係(たとえば華夷秩序)、世界をどのように捉え、国家統治の原理に組み込もうとしてきたのか、そうしたことのさまざまな系譜学をいったいだれか問題にしたことがあるのだろうか?

2017年7月 3日 (月)

蒸し暑くなりましたね。

知識人が軽井沢にいくのは、頭脳労働にとっては、暑さは望ましくないということがあるのだ、と片山センセイの本に書いてあった。確かに今日みたいに劇的に蒸し暑くなると、頭がぼうっとして、判断力が衰える気がする。さっき京浜東北線に乗っていて、頭がぼうっとしていて、駅のアナウンスが「オオモリマチイ、オオモリマチイ」と聞こえて、「アレ?大森?京浜急行?」と混乱してしまった。実際は「オオイマチイー」と言っていたのである。こんなふうにすでに外界を受容する感覚器の段階で、情報処理上のバグが生じてしまっている。

今年の4月から大学図書館の地下で読書したり、このブログを書いたりしているのだが、その場所の空調が効きすぎていて、常に寒すぎだなと感じてきた。しかし今書いた理屈から行けば、図書館がやや寒めであることは、頭脳を活性化させるので理にかなっているともいえる。東京の都市中心部ではほとんどの施設では冷房がよく効いている。というか効きすぎるくらい効いている。それでは東京人の頭脳は常によく冷却されているか、というとそうでもなさそうに思える。というのは、冷房がよく効いている施設と別の施設とを結ぶ通路部分、たとえば街路の歩道だとか、駅の構内だとかは、普通以上、つまりその時の外気温より遥かに温度が高いことが多い。街路であれば自動車からの排熱、駅やこみ合った場所の通路はたいていの場合風通しが悪くて熱がこもっている。その結果東京人が外出して繁華街などを通る場合、異常な暑さと、急激な冷房環境の間で、出たり入ったりを繰り返すことになる。これも都市が与える刺激のひとつということになるのかもしれないが、ちょっと異常な感じもする。

話をもどすと、確かに作家先生は軽井沢で仕事をしているようだ。このブログでたびたび言及している野上弥生子センセイの場合は、戦中から戦後にかけて、北軽井沢の別荘にほぼ通年暮らしながら作家活動をしていたようだ。戦後には同じく連れ合いを亡くした田辺元センセイと、別荘のご近所ということもあり、頻繁に手紙のやり取りなんかをしていた。

涼しくなければ知的な仕事ができないのだろうか? これには簡単に答えることはできない。ただ、現代の都市環境のもとでは、暑さを我慢しながら知的活動をせよ、というのは極めて難しいとおもう。昭和30年代くらいまでの東京であれば、夏でも夕方になると涼しい風がどこからともなく吹き抜けるような環境だった。現在のようにコンクリートの建物やアスファルトの道路が熱を溜め込み、いつまでも暑いような、そういう環境ではなかった。代わって庭の木陰や草の生えた場所、井戸から汲んだ冷たい水が日中の暑さも和らげてくれた。

南方熊楠は紀州の森ではほとんど裸体で過ごしていたようだが、彼の常に高回転で働く頭脳にとっては、そのような身体冷却法が脳の働きを加速したのであろう。
ガンジーがやはり裸体に近かったのと彼の思索の間にも何かそうしたことがあるのかもしれない。

仮に赤道に近い南方の都市であっても、人間の文化が生まれた場所は、やや高原にあって空気が冷涼であったり、湿気が多くて太陽光をまともに受けない環境であったりして、人間の頭脳活動というものが、可能な条件が整っていたのであろう、などと想像してみるのである。


さて今日、めちゃ暑い時間帯に多摩川の河原のベンチでごろ寝した。してみると意外なことに海から入ってくる風が通り抜けて、日中でも気持ちがよい。それなりに涼しいと感じられたのだった。(ただし長くいると暑くなります)。ごろ寝してすぐ、思い出したことがある。

それは「実践の思想」ということである。といっても今読んでいるグラムシがその論説で示しているような、イタリアの労働運動にとって、めっちゃ射程が長く相当程度天才的な「実践の思想」というようなものではない。もっと卑近な人生の方法論みたいなものだ。
高校の現代文のテキストに京都大学の梅棹忠夫の文章が載っていた。梅棹忠夫が知識にむきあうのは、常に実践との関係で必要のあるものを取り入れたというような話である。梅棹は高校時代、山岳部で活動をしていたので、雪崩の知識が必要となれば、外国の文献なども取り寄せて読むといいうような読書法をしていたというのだ。
実は不肖私、今を去る半世紀近く前のことながら、高校生徒の時に読んだこの話がめちゃくちゃ気に入ったのである。「必要に駆られて学ぶ」「必要に押されて読む」のが正しい読書だ、と信じ込んでしまったのだ。

まあ、私のことは置いておくとして、件のグラムシという人の Meridionale 問題への対応を書いた文章を見ていて、当面の実践的課題に対応するなかで書かれた文章であるにもかかわらず、その状況把握の正確さとか、射程の長さみたいなものにびっくりした。やっぱり「思想」というものは何か「宙に浮いて」あるものではなくて、その人の実践的な課題に即して見えてくるものなんだと改めて思った次第なのであるヨ。

先般から追求している昭和10年代の日本思想について、それが「思想」であるとして、どのような「実践」にふさわしい思想として考えられたのか、まずはきちんと押さえておかなければならないだろう。


その一方で、思想を見ていく上でもうひとつ別のアイデアも必要になると思っている。それは、同時代とかその前後の状況においてみると、陳腐に見えるものであっても、一旦はその枠組みを壊して、思想をその可能性において見るというやり方だ。直接に政治的な目標や実践課題を意識していないけれど、何かやむにやまれぬ必要から湧き出してきた思想の端緒のようなものを、その正当な本来あるべき可能性の目で持ってみていくという、思想の捉え方である。

なぜそういうことが必要から、というと、「被支配階級」は一定の「ヘゲモニー」のもとで、「支配的」な表現形式、あるいは「代理表象」を通じてしか自己を表現することができない、とみられるからだ。
(サバルタン・ヘゲモニーなどの概念をうまく利用したい)

昨日から今日にかけては、ミシェル・フーコーがコレージュ・ド・フランスの講義で扱った「統治性」 la gouvernementalite というような考え方も、もしかしたらなんかつかえるんじゃネ?的な期待を持っている。まだ見てないからわからんけど。

まあ理屈はともかくとして、あれやこれや迂回路を通過しながら、そういう方法的なアプローチを通してしかみえてこないものを見つけたいと思っている。
もっと端的に言えば、40年代思想の具体的な形象の中に、破砕され断片化した「ユートピア」の残滓、または「痕跡」を探したい、ということなのだよ。

今日はフーコーの1978年の講義のうち、「司牧権力」いついては多少読んだことがあるので、その後のところ、3月の講義をすこしつついてみようと思っている。

じゃ、良い子のみんなも頭を冷やして頑張ってね。

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